第18話 来てしまった旧校舎
「思ったより綺麗だね」
「確かに、もう少しぼろぼろかと思ってまシタ。ね、伊都?」
ごめん、今のわたしに答える余裕はない。
他の先生に見つからないよう、昇降口からこっそりと入った旧校舎。木造建築2階建、築何年かなんて分からないけど、至るところに張っている蜘蛛の巣と、歩くたびにぎしぎし鳴る床がその古さを示している。日が沈んで月が雲に隠されているこの薄暗い場所では、スマホのライトがわたしの命綱だ。
「見てみてアニエス先輩」
「どうしまシタ?」
「埃の『ほ』の字もないよ」
類くんはそう言いながら教室の窓枠に人差し指を滑らせていた。どうしてそんなに楽しそうなのか。アニエスも「本当デスねー!」じゃないの。……え、先に行くの? 足を止めたまま、そっと手を伸ばす。まだ和泉先生は来ていない。
2人は揃ってわたしを見て、何か視線で確認し合った後、いい笑顔で言った。
「ワタシたちは先に行ってマスね」
「伊都先輩は和泉先生とどうぞ」
そして、早足に旧校舎の奥へと進んでいく。お、置いていかないで……。1人でいるのなんて絶対に無理だ。だけど、追いかけようにも足が竦んで動けない。
2つの足音が遠ざかっていく。暴れる心臓がうるさい。時折、何かが動くような音がして、思わずびくりと肩が揺れる。
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……」
小さな声で呪文のように呟く。そうでもしないとやってられない。
すると突然、昇降口の方からがたがたと物音がした。それは、ぎしぎしと一歩ずつこちらに近づいてくる。ただでさえうるさかった心臓が、これ以上ないというくらいには早鐘を打っている。アニエスたちが去っていった方向を見ても、2人の気配はない。わたし1人でなんとかするしかないようだ。
そうこう考えている間にも、物音の犯人はすぐそこまで来ている。足は見えてるからきっとお化けではない……! 謎理論で自分を叱咤して、そっとスマホのライトを向ける。
「おっと」
聞き覚えしかない驚いた声が聞こえた。光から目を隠すようにして片手を上げているのは、待ちに待っていた和泉先生だった。
「い、いずみせんせぇ……」
ほっとしたやら頼れる人が現れたやらで、情けない声が出てしまった。一瞬目を見開いた先生は状況がなんとなく分かったのだろう。わたしを安心させるように笑ってくれる。
「大丈夫……ではなさそうだね?」
「だいじょうぶになりたいです……」
手が届く距離まで近づいてきた和泉先生は、よしよしと頭を撫でてくれた。不思議と、暴れていた心臓が落ち着いていく。同時に羞恥心も襲ってきたけど今はフル無視だ。触れられていると大丈夫って思えるから。……もしかすると和泉先生はゴッドハンドの持ち主なのかもしれない。
「一応聞くけど、久坂さんと夏川くんは?」
「先に行っちゃいました」
2人が消えた方向を指差しながら伝えると、そちらを見ながら先生は「あぁ……」と苦笑する。
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
「はい……」
和泉先生はスマホも懐中電灯も持たず、暗闇に向かって歩き出す。自分の家のように、どこに何があるのかを把握しているみたいだ。食堂で言っていた用事というのは嘘でも方便でもないのかもしれない。
ふと、斜め前を歩いている先生に視線を向けてみる。面と向かって話している時には見られない横顔と、笑うのとは少し違う穏やかさのある自然な表情。
そういえば、ここ数日まともに顔を見ていなかった。どう接すればいいのか分からなくて、目を合わせないようにしていた。……大好きな人から意図的に視線を外すなんて、すごくもったいないことをした気分だ。たぶん、もう目を合わせても大丈夫、速度を合わせて歩いてくれる和泉先生は今日もかっこいい。
この薄暗い旧校舎の中でそんなことを考えられるくらいには、我ながら余裕ができてきたのだろう。歩くたびにぎしぎしと軋む床も、あちらこちらに張っている蜘蛛の巣も、何でもないことのように思えた。
もうきっと大丈夫だ。そう考えた時こそ気を引き締めておかないといかなかった。前方でガタガタと何かが倒れる音がする。
「ひぇっ!?」
お化け……!? すぐ側にあった腕へと思いきり抱きついた。……待って、すぐ側にあった腕? おそるおそるその主に視線を向けると、目を丸くしている和泉先生と見つめ合う形となる。
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