和泉先生と五つの禁断
色葉充音
禁断の願い
第1話 初めての禁断破り
この学校には5つの【禁断】がある。それを破ると、何かひとつを失うらしい——。
そんなうわさが流れ始めたのは、ついこの間のことだったのかもしれないし、それこそわたしが入学する前のことだったのかもしれない。
禁断の願い、禁断の果実、禁断の行為、禁断の場所、そして……禁断の恋。
それら全て、わたし——
——……そう思っていた時期もありました。なんならつい数秒前まで思っていた。
「……ちょっと待って、聞き間違い?」
「じゃあもう一度言いマスね? ラスト青春デス! 暇デス! 禁断を破るのデスよ!」
5月の終わり、雨が降っているせいか少し肌寒い3年3組に、
「それで、今度は誰に
「唆されたとはシツレイな。ワタシが破りたくなったから破るのデス」
本当にそれだけの理由でアニエスは動かない。
その輝く金髪と海みたいな青い瞳を持つ影響か、「みんなと違う」と言われることが多かったアニエスは、なかなかに反骨精神が高い。英語やフランス語よりも日本語の方が楽だと言っていたのにもかかわらず、みんなと違うように日本語が苦手なフリをしているくらいには。
今回は、禁断を破る人なんていないという話を聞いたか、それこそ名指しで「禁断を破れるようには思えない」と言われたか……、大方そんなところだろう。
「というわけで、伊都も付き合ってくだサイ」
「え? 遠慮します」
ルールは守る派のわたしには、ハードルが高すぎる。
「お願いしマス。このトオリ」
「たとえ土下座されたって遠慮するものは遠慮します」
「伊都……アナタに付き合ってもらえなければ、誰を道連れにすればいいんデスか……」
「知らないよ……。道連れって言っちゃってるし」
「伊都……、ワタシの唯一の友達……」
急に断りにくいものを出してきた。その言葉の通り、アニエスの友達はわたしだけ。逆にわたしの友達もアニエスだけ。そんな際どいものが、わたしたちの関係性。
「伊都……、ワタシの唯一の親友……」
「……分かった、分かったから」
もうあとでなんとかして止めよう。
アニエスは、ぱぁっと効果音が付きそうなくらいに嬉しそうな表情を浮かべた。……全く、憎めない親友だ。
「でも禁断を破るって具体的に何するの? 禁断の果実とやらを食べたりするの?」
「安心してくだサイ! もうすでに禁断破りしてマスから!」
「……え?」
「禁断の願いデスよ。聞いたことはありまセンか?」
思わず両手で頭を抱えてしまった。禁断の願いは、禁断を破ろうとはっきり考えること。完っ全に考えてしまっていた。なんなら具体例まで出してしまった。口から息を吐くと同時に、たった今生まれたばかりの後悔が出ていく。
禁断を破ったら、何かひとつを失う。本当かどうかも分からないただのうわさだ。でも、息を吸うたびにじわじわと不安が溜まっていく。
どうしてくれるんだ。そんな心を込めて見たアニエスは、いつも通り笑っていた。
「禁断破っちゃいましたけど、どうなるんでショウね? 楽しみデスねー!」
……現実逃避がしたい。そうだ、こういう時は読書だ。椅子から立ち上がり、ふらふらとした足取りで教室の出入り口へと向かう。
「伊都ー? どこ行くんデスかー?」
「……図書室」
「ホントに好きデスよねー。いってらっしゃいデスー」
背中の方から聞こえてくる間延びした声に、ひらりと右手を上げた。
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