第5話
遊歩道から外れ、大きな岩の奥へと目指して歩き始めた。
ゴツゴツとした道なき道はとても歩きにくかった。その分、遊歩道を歩いていた時よりもペースは落ち、滑らないように気を付けながら進む。
遊歩道とは違い歩きにくい獣道は、私たちを少し不安にさせた。高い木々が多く生えており、涼しいのはいいが少し辺りは薄暗かった。
黙々と歩いていた私たちは、不安に飲まれないように会話を始めた。
「そういえばナナハ、最近犬の散歩してるのか?前はよく散歩してるところ見たのに全然みないじゃん」
リュウタが言うと、私は苦笑いをする。
「ああ、ココアは去年死んじゃったんだよ」
「あ・・・。そうなんだ、ごめん」
「もう去年の話だし別にいいよ」
そう言ったが私は悲しげな顔をしていたようだ。
「ナナハ、大丈夫よ。うちは、生き物はみんな死んでも生まれ変わるって信じてるから、きっともう生まれ変わって幸せに生きているよ」
「うん、ありがとうアサミ」
アサミの言葉に少し元気が出た。
晴天の下、木々や草花が生い茂る獣道は続く。
ふと、少し離れた茂みからガサッと音がした。私たちは全員同時にピタっと止まった。
突然、鳥のさえずりや虫の鳴き声がなくなった気がした。正確には気のせいではあるが、茂みの音に集中して何も聞こえなくなっていた。
もう一度茂みの草が揺れ、ガサっと音がする。
三人に緊張感が走り、固唾を飲んで様子を見る。
一年前くらいにテレビでやっていたニュースに、この山に熊が出たという情報があったのだ。それを突如思い出し、三人は後ずさりをした。
「おい、やばいんじゃないか?」
声を押し殺してリュウタが注意を促す。
「確か、いきなり走って逃げたら駄目なんだよね」
私の言葉にアサミも頷く。
「ゆっくり後ろに逃げましょ」
アサミの言葉に私たちはゆっくりと後ずさりを続けた。
またも、ガサッガササと音を立てながら茂みは大きく揺れた。
来る!
私は一瞬死を覚悟した。
……が、現れたのは一匹の狸だった。
狸は私たちの視線に怯えたかのように低い姿勢になり、茂みへと逃げて行った。
「おい…、驚かすなよ」
安堵の表情を浮かべたリュウタに、私もホッとして全身の力が抜けた。
「なんだ、狸か」
だが、アサミはまだ目をつむってしゃがみこんでいた。
「大丈夫よアサミ。ただの狸だった」
私はそう言いながらアサミの頭を軽く叩いた。
私たちは引き返す選択肢もあったが、なぜか逆にやる気がでて再び前へと歩き始めた。
背の高い木が連なり、膝ほどまである茂みをかき分けていく。足に草が触れてかゆくなってきたが、そんな暇はなかった。
少し歩くと傾斜のキツい上り路が現れた。四十五度近くはあるんじゃないだろうか。
「おい、さすがにこれはきつくないか」
「大丈夫よ。手も使って登ればいいだけ」
リュウタの情けない声を制して私は見本をみせるように、手足をうまく使って傾斜の急な坂を上り始めた。
二人も置いていかれるのは嫌なのだろう。渋々、私の真似をして上ってきた。
平らな場所へ着いたころには手のひらはもちろん、腕も服も土と葉っぱだらけになっていた。
「うわあ、なんかすごい」
私は感嘆して手を青空へと広げた。そこには草花の咲き乱れる平原があった。
そして、少し向こうにたくさんの蔦が絡まった、使わていない古い風車が見えた。
宝の地図もない私たちは、とりあえず風車へと向かうことにした。
「もしかして、この風車の中に宝物があるんじゃないか」
「それはないよ。この風車は確かに古いけど、宝物はもっと古い時代に隠されたと思うし、こんなとこにあったら誰かが見つけてるよ」
リュウタのぬか喜びをアサミがあっさりと打ち消した。
「とにかく、何かないか探そうよ」
私は前向きにみんなに言い聞かせた。三人は思い思いに近辺を探索し始めた。
リュウタは風車が怪しいと周りを探し始め、アサミは平原の真ん中に向かって探索してたので、私は平原の端を周ってみようと思った。
平原の端は一部分が崖になっており、九十度近い傾斜の底は緑色の木々の葉しか見えなかった。
私は、ふとこの光景を見たことあるような気した。足元には洞穴があり、そこに入っていった気がしたのだ。前にそんなことがあったような……。
私は誘われるように崖の下を覗き見ると、本当に洞穴の入り口を見つけることが出来た。
「おーい!見つけたよー」
大きな声で二人を呼ぶと、私は興奮したように言った。
「宝物は絶対ここだ。よーしみんな下りよう」
「ちょっと待って。さすがにこんな崖を下りるのは無理よ」
アサミは戸惑いながらそう言い。私の手を引っ張った。
「いや、俺もさすがにこれは無茶だと思う」
リュウタもアサミに同意し、一歩下がった。
私はここまで来て引き下がるつもりはなかった。
「無茶の一つや二つしないで、欲しいものなんか手に入んないよ。私が行くから二人はここで待ってて」
そういうと私は慎重に崖を降りていく。たまたま太い木の根っこがいくつも垂れ下がるように張っていたので、それを上手いこと利用して器用に下りていく。
洞穴の入口へ下りると、私は暗さも気にせずに突き進んだ。だが、すぐに奥が全く見えなくなり歩みを止めてしまった。
懐中電灯を持ってくればよかったな……。
天井からポツポツと雫が落ちてくる。静まり返った洞穴は段々と不気味に思えてきた。
本当にこんなところに宝物があるのだろうか。私は突如不安になった。
どこからともなくキーキーと音が鳴り、突然、もの凄い勢いで前方からこうもりが飛んできた。
私は手で払いながらも、それに驚き足を滑らせてしまう。
「きゃあ!」
頭部に痛みと衝撃が走った。
頭を打ったのだろうか視界がぼやけ、段々と意識を失っていった。
暗く湿った地面は驚くほど冷たかった。
「起きてナナハ!ねえ、起きてよ!」
誰かの叫ぶ声に、私はゆっくりと目を開ける。
そこには私の顔を上から覗くアサミの顔があった。
「おい、起きたぞ。大丈夫かよナナハ」
反対側からリュウタの声がした。
私はパッと起きるとアサミの肩を持った。
「宝は?ここはどこ?何があったの?」
「どうやら脳震盪を起こしたようだな。記憶が曖昧で混乱しているようだ」
知らない声に振り向くと、赤色のチェックの長袖にジーンズを履いて、大きなリュックを担いだおじさんが立っていた。左手にはロープを持っている。
「誰?どういうこと?宝物は?」
まだ混乱している私にアサミは説明してくれた。
「ナナハが崖を下り始めたときに、この人がたまたま山から下りてきたの。そしたらナナハの悲鳴が聞こえたから、その事をこの人に説明したらロープを持って崖を下りてくれたの」
「それでナナハをロープで自分の体に巻きつけ、ここまで運んでくれたってわけだ」
リュウタが続きを説明した。
「そうだったんだ……」
私は自分の命より、宝物を見つけられなかった悔しさに、気持ちが落ち込んだ。
「君たち、こんな危ないことはしちゃ駄目だよ。送ってあげるからとりあえず山を下りよう」
知らないおじさんに促され、宝物の事は秘密にしたかったので諦めて帰ることにした。
その後、遊歩道を歩いて戻り、おじさんの自動車で家へと送ってもらった。
まあ、でも宝物はみつからなかったが、今思えば楽しかった思い出となった。
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