第18話

第18章 終章界の外へ

目を開けると、そこは狭い部屋だった。

壁の色も、床のきしみも、指先に触れる毛布のざらつきも、知っている。

けれど、どれもわずかに異なっている気がする。

懐かしいはずの匂いが、半分だけ欠けている。

身体を起こす。

重さはあった。

心臓は動し、肺は空気を受け入れていた。

それでも、あの広がりを知った後では、この呼吸はどこか窮屈だ。

机の上に、手帳が置かれていた。

表紙の角は擦れて白くなり、何度も開かれた跡がある。

恐る恐るページをめくる。

そこには、名前も日付もない走り書きがあった。

「あなたがいる」ただそれだけ。

指先が震える。

これは、無限の中で掴み取った唯一の粒かもしれない。

意味も、由来も、誰が書いたのかも分からない。

それでも、それは私にとって現実より確かな温度を持っていた。

窓を開けると、外はり空だった。

雲は低く、色を変えずに流れていく。

風が頬を撫で、髪を乱す。

私は深く息を吸い込み、その空気の重さを確かめた。

ーここがどこであってもいい。

戻るべき場所は、結局、自分の中にしかないのだから。

ゆっくりと、手帳を胸に抱き、目を閉じた。

無限は遠くなった。

だが、私の中で、それは静かに脈を打ち続けている。

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