ハーモニーと孤独

@Huurinnkazann

第1話

第1章 日常の裂け目

ステージライトは、まだ暗い。

足元にひんやりとした板張りの感触が広がっている。リハーサル用の照明は弱く、私の影は足元に薄く滲むだけだった。

-一今日も、笑えるだろうか。

私はセンター位置に立ち、マイクを握った。背後では、年上のメンバーたちが軽口を交わしている。笑い声は、いつものように柔らかく、明るく、私の耳をすり抜けていった。

笑えない、というわけじゃない。ただ、笑う理由を持てなくなって久しい。

観客は私の笑顔を見て歓声を上げる。それは知っているし、応えたいとも思う。でも、どこかでそれは私じゃなくてもいいのでは、という考えが離れない。

鏡越しに自分を見ると、そこに立っているのは"アイドル”という形をした何かだ。

その中身が私である保証は、どこにもない。

「るな、今日はリハ短めにしようって。マネージャーが」背後から声がかかる。振り返ると、同じグループのキャプテンが笑っていた。彼女の笑顔は、長年ステージに立ってきた人間の、強さと疲れを同時に含んでいる。

頷いて、私はマイクを置いた。

廊下を歩く途中、ふと壁に掛けられたスケジュール表に目が止まる。そこにはびっしりと仕事が並び、空白は一日もなかった。

ーーこの空白のない表に、自分の生きている意味を埋め込むことはできるのだろうか。

その夜、宿舎の自室でベッドに腰を下るすと、スマホの画面が不意に暗転した。

再び点いたとき、見慣れないアイコンがホームに浮かんでいた。

名前は<Phase_00)。

指が、なぜか震えた。

開くかどうかを迷う。

ほんの数秒の逡巡が、やけに長く感じられた。

結局、その夜は何もせず画面を閉じた。

ただ、そのアイコンは、眠りに落ちる直前まで私のまぶたの裏に焼き付いていた。

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