第33話

 夏の青空は、何事もなかったかのように澄み渡っていた。

 街を覆っていた禍々しい影はもうなく、人々はそれぞれの生活へと戻っている。

 あの戦いが本当に現実だったのかと思えるほど、街は静けさに包まれていた。


 夏休みは終わり、再び学校が始まった。

 蓮は剣を肩にかけて登校していた。

 普通の生徒なら鞄を持つだけだろう。だが蓮には銀色の刀がある。


 昨日――人間に戻った校長から、正式に許可を得たのだ。

「禍憑の脅威が完全に去ったとは限らない。パトロールも兼ねて、校内への持ち込みを許可しよう」

 そう言われたとき、蓮は少し驚いた。

 だが同時に、校長が蓮を信頼してくれているのだと理解し、頷いたのだった。


 もっとも――蓮の心には安堵があった。

 あの狐を倒し、街全体を覆っていた禍憑が消えた。

 これでもうしばらくは、敵が現れることもないだろう。

「……さすがに、学校にまで禍憑は出ないよな」

 そう呟いて、蓮は少し苦笑した。


 ふと、ある名前が脳裏をよぎった。


――悠斗。


 かつての親友。

 共に笑い合い、共に未来を語り合った、かけがえのない存在。

 だが、禍憑に堕ちた彼は、もう戻らないはずだった。


 胸の奥がちくりと痛む。

 記憶を思い出すたび、喉が詰まる。

 そのとき――


 蓮の腰に下げた通信機が突然鳴り響いた。


『……蓮、聞こえる?』


 聞き慣れた落ち着いた声。白神からの通信だった。


「白神さん? どうしたんですか?」

『――悠斗が、人間に戻った』


 その一言に、蓮の全身が固まった。

 鼓動が耳に響く。

「……今、なんて……?」

『聞こえただろう。悠斗が戻ったんだ。場所を送る。すぐに来い』


 通信が途切れるや否や、蓮は駆け出していた。

 我を忘れ、ただ走った。

 胸が締めつけられ、息が苦しい。

 だが、それでも止まれなかった。


 白神の教えてくれた場所――

 古びた神社の境内にたどり着くと、そこには二つの影があった。


 白神が立っていた。その傍らに――


「……悠斗……?」


 振り向いた少年は、確かに悠斗だった。

 人間の姿に戻り、涙に濡れた瞳をこちらへ向ける。

 その顔は、夢にまで見た親友の顔。


「――蓮っ!」


 悠斗が叫び、次の瞬間には駆け寄ってきていた。

 そして、蓮に飛びつき、強く抱きしめた。

 その腕は震えていて、声も涙でぐしゃぐしゃだった。


「ごめん……俺……俺……っ! ずっと……!」

「悠斗……! 本当に……戻ったんだな……!」


 蓮もまた、こらえきれずに涙を流した。

 互いに言葉にならない声を漏らし、ただ抱き合う。

 生きて再び会えた。その事実が、何よりの奇跡だった。


 二人がようやく少し落ち着いたとき――


「おーい、お前ら。そろそろいいだろ」

 白神の苦笑まじりの声が飛んできた。

「学校はどうした? 感動の再会もいいが、遅刻するぞ」


 その言葉に、蓮と悠斗は顔を見合わせた。

 次の瞬間、二人は同時に吹き出す。


「ははっ……やべっ!」

「行かなきゃ……!」


 涙で濡れた顔のまま、二人は駆け出した。

 神社の石段を飛び降り、並んで走る。


「なあ悠斗……」

「ん?」

「……これからは、一緒に学校に行けるんだな」

「当たり前だろ!」


 そのやりとりに、自然と笑顔がこぼれる。

 朝の陽射しを浴びながら、二人の影は並んで伸びていった。


 ――戦いの日々は終わった。

 だが、日常はまた始まっていく。


 剣を持ちながら、笑いながら。

 かつて失ったものを取り戻し、再び共に歩き出すために。

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