第31話

 外の街は、地獄と化していた。

 黒い影――禍憑が、常にうろついている。

 人々は震えながら家に閉じこもり、窓一つ開けることもできない。生き残ったハンター達が必死に戦っていたが、数が多すぎた。刃を振るっても、倒しても、際限なく湧き出てくる。


 その頃、蓮たちもまた乱戦の只中にいた。


「はぁっ……! くそ、切っても切っても……!」

 蓮の額から汗が滴る。禍憑の群れが押し寄せるたびに剣を振るい、ただ必死に受け止めていた。


(範囲攻撃があれば……! 鷹真のあの技があれば、一気に薙ぎ払えるのに……!)


 必死に戦いながらも、心は焦燥に満ちていた。

 鷹真は豪快に禍憑を吹き飛ばし、神谷は鋭い斬撃で数を減らしていく。だが、それでも圧倒的に数が多い。


 蓮は歯を食いしばりながら、剣を構え直した。

 斬って、斬って、斬り続ける――気づけば群れは崩れ始め、ようやくその数を減らしていた。


 荒い息を吐きながら、蓮たちは黒瀬が逃げた方角を追った。

 瓦礫を越え、奥の部屋に踏み込むと――


 そこに黒瀬がいた。

 壁に背を預け、肩で息をしている。顔色は悪く、腹からの出血も止まっていない。だが、その目の光は鋭く生きていた。


「黒瀬……!」

 蓮は剣を抜き、名を呼んだ。


 黒瀬はゆっくりと顔を上げ、薄く笑った。

「まだ……生きていたか。しぶとい奴め……」


 その瞬間、空気が変わった。

 黒瀬の背後に黒い炎が巻き上がり、異形の気配が広がる。

 ――狐。

 禍憑を象徴する存在を、黒瀬は解き放った。


「来い……! 俺がお前らを屠ってやる……!」


 蓮、鷹真、神谷の三人が同時に剣を構えた。

 激しい攻防戦が始まった。

 斬撃と斬撃がぶつかり合い、火花が散る。黒瀬の力は、もはや人の域を超えている。それでも三人がかりで、ようやく互角。


 だが――その均衡は、唐突に崩れた。


「っ……!?」

 背後から鋭い殺気。

 蓮が振り向いた瞬間、腹に灼けるような痛みが走った。


「がはっ……!」


 腹を貫いていたのは、神谷の剣だった。

 その瞳は完全に濁り、理性の光は消えている。


「神谷……お前……!」鷹真が叫ぶ。


 すぐさま鷹真の剣が振るわれ、神谷の腕が切り落とされた。だが、それでも遅かった。蓮の身体から鮮血があふれ出す。


 黒瀬はその隙を逃さなかった。

 蓮を無視し、鷹真へと殺意を向け、刃を振り下ろそうと踏み込む。


 ――ザシュッ。


 黒瀬の身体が揺れた。

 背後から斬り裂かれたのだ。


「なっ……!」


 そこに立っていたのは――蓮。

 腹には大きな穴が空いていたはずなのに、その傷口は既に塞がりつつあった。


「なんだと……なぜ……生きている……!?」黒瀬が目を見開く。


 蓮は血に濡れた剣を構え直し、低く言った。

「わからねぇ……けど、多分……俺は半分くらい、禍憑になっちまったんだろうな」


 その声には、不思議な重みがあった。

 黒瀬が動揺するより早く、蓮の剣が閃く。


 ――ドシュッ。


 黒瀬の胴体が一瞬で切り裂かれ、崩れ落ちた。

 さらに蓮は迷いなく刃を振り下ろし、首を断ち切る。


 黒瀬の瞳が最後に驚愕を宿したまま、完全に動きを止めた。

 禍憑の気配が、ゆっくりと消えていく。


 重たい沈黙の中、蓮は荒い息を吐いた。

 自分の身体が、もはや人なのか禍憑なのかさえ、わからない。

 それでも剣を握る手は、確かにまだ――人としての意志を宿していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る