安倍晴明と港町の伝説

六話 旅立ちの方位

十月七日 戊戌つちのえいぬ


 朝8時頃、晴朗はるあきは自宅アパート前で、最寄りのコンビニで買った二つのコーヒーカップを持ちながら迎えを待っていた。

 しばらくすると、賀茂家で使っている赤い車が晴朗の前で停車する。


「はよ。お待たせ」


 陽の光から目を守るための色眼鏡をかけた保憲やすのりが、両手が塞がっている晴朗の代わりにドアを開けてくれた。

 晴朗はカップをこぼさないように助手席に腰掛けると、片方を保憲に渡した。


「これ、車出してくれた礼のカフェラテ」

「お、助かる」

「鮭のおにぎりとメロンパンどっちがいい」

「じゃあ……メロンパンで」

「ほい」


 車内で軽食を食べながら、ナビで目的地までの道のりを確認すると、現在地から目的地まで約2時間58分と表示されていた。


「電車だと片道約4時間、車でも約3時間か……。現代でさえ神奈川から千葉までそこそこの道のりだってのに……」

「70超えてたら難しかったかもしれないが……、60代ならギリ徒歩かちでも行ける。気がする」

「その自信はどっから出てくるんだ」


 軽食を食べ終えて車を出し、しばらく走らせると高速道路への入り口へと進む。道路を走る車はまだまばらで、快調に進んでいく。

 10月に入り、ようやく命の危険を伴うような暑さは落ち着いてきたものの、日中の日差しはまだ強く照りつけ、車に乗っている状態でも、その暑さはヒシヒシと感じられた。

 晴朗は迎えを待ってい間にほてった体を冷ますように、冷たい抹茶ラテを飲みながらナビ画面をじっと見つめた。


「……ここから目的地までの方角は寅卯とらうかたか。面倒な方位神ほういじんもいない。万事快調ばんじかいちょう


 寅卯とらうは現在でいう、東北東やや東の方角のことである。


「面倒って言ってやるなよ。強いて言えば太歳神たいさいじんがかすってるくらいじゃないか?」

「争いごとをしに行く訳じゃないから、何の問題もない」

「更に言えば今日は10月7日戊戌つちのえいぬ凶会日くえにちでいえば『絶陽』に当たるな」

「……やめだやめ! 今世は自由気ままに生きるって決めたんだ! だからもうそういうのは考えない!」

「お前が言い始めたんだろ」


 『方位神ほういじん

 陰陽道における方位に関する神々のことである。

 年月と連動して四方を動き回ることが特徴で、それぞれの神によって、縁起の良い方角と悪い方角が決まる。


 太歳神たいさいじんはその年の十二支が配当される方角に移動する。

 例えば2023年は癸卯みずのとうで卯年なので、卯の方角。つまり東にいる。ということになる。


 太歳神たいさいじんがいる方角に向かって、口論や訴訟といった争いごとを行うのは厳禁とされ、これらを犯すと疫病にかかると言われている。


 そして『凶会日くえにち

 二十四種からなる様々な凶日が集められており、各名称によって忌むべき内容も異なる。これらを犯すと必ず災難に遭い、命を絶つこともあるとも言われていた。

 ちなみに『絶陽』とは、この日に結婚してはならない。という意味を持つ。


「当時暦を作成していた俺が言うのもなんだけど……。昔は毎日毎日、よく気にしてられたもんだな。今じゃ考えられない」

「当時のやんごとないお方々は暇じ……時間に余裕を持っておいでだったからな」

「嫌味ったらしい言い方だな。……あ、エリア寄っていいか?」

「いいけど、何か買うのか?」

「メロンパン食ったら、海老名のメロンパンも食べたくなった」

「俺も食う」


 そうして二人は、強い陽射しが行き道を照らす中、サービスエリアで買ったメロンパンを頬張りながら、目的地へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る