朝露鬼譚-鬼哭恋奏-
猫祝しわす
序章 綻び始めた桜花
いまは、戦乱の世。
強ければ奪い取り、弱ければ奪われる。それは身分もしかり、相手の身分がこちらの身分に上回れば年貢という取り決めにより搾取される。
そうやって時代は巡っている。
「はい、今日のお勉強は終わりだよ。
青い作務衣風の着物を着て淡い紫色の髪を緩くまとめて前に流している中性的な顔立ちしている人物は、隣に座って番傘を作る内職の作業をしている少年に声をかける。
「任せろ。毎日こなしてるんだ。上達するのは当たり前だろ」
褒められて思わず嬉しくなって夢茨は鼻を人差し指で擦りながら軽く返している。
「毎日...そうだね。だけど、昨日までは手を抜いていたという認識でいいのかな?」
夢茨が仕上げた番傘を確認しつつ夢刻は言う。
「けど、
「お金を稼ぐ方法としては、今してる作業内職、あとは作物を実らせて売る…が主な収入になる。文字が書ければ幅は広がるが…身なりがなぁ。…武力と言ってもやり返したいってことならやめといたほうがいいな。だいたい、お前には出来ない。」
夢茨は両手を握りしめて夢刻を見つめて飛びつく勢いで言葉を紡いで言う。
「できるかもじゃんか!」
ぎゃーぎゃーと吼える夢茨に夢刻はため息をついていた。
「さっさと遊んでこい。暗くなるまえまでには帰ってこい。」
「……けちーーーー!」
もう相手しないと決めたらしい夢刻は夢茨を外に放り出して、扉を閉める。
閉められた扉に精一杯の反抗を絞り出して「行ってきます! 夕飯までにはかえってくる!」きちんと帰る時間まで伝えて夢茨は走り出していた。
目指したのは近くにある丘の上の寂れた寺院。
訪れる人がなくなり時と共に寂れて所々いたんでいる淡い桜だけが残る寺院の縁側で焼物の酒瓶を手に桜を見あげている巫女装束に狩衣を羽織っている女性がいた。
ゆっくり散る桜を見上げている瞳の色は金色に輝き、流れる髪は桜色で毛先はより濃い色をしていた。
「しばらく、人が立ち寄らないからいい隠れ家だったんだが。」
ため息をついたかと思うとよく通る声で言葉を発してきた。
その声もまた心を掴んで離さない魅力に溢れた声色だった。
なにか言葉を返さねばならないと思っていても、ごめんなさいと言う言葉は、なにか違うしと思考の中で考えを巡らせてもいい答えが口に出てこず、なんと声をかけていいのか分からない。
そのため、見つめたまま時が止まったかのように停止しながらも、綺麗な桜色の女性を見つめ続けてしまっていた。
視線が煩わしく感じていつまで見てるつもりか?と訪れた気配に対して目を向け、その目線の先には、着古した着物を着ている、短髪で黒髪、黄土色の瞳をした小さな男の子がこちらを見てまるで時間を切り取られたかのように停止したのを横目にバツが悪そうに桜色の髪を掻く。
「いや、責めてるわけじゃない。私もここに勝手に居座ってるようなものだからな。」
さすがに言いすぎたと反省をして、少年に対して冷静に声をかける。
「あの、オレ、夢茨。」
ようやく、声が出たと思ったら名前を名乗った少年に女性は目を丸くして夢茨に目線を送る。
「また、......来てもいいかな?」
胸元の着物の襟を握りしめながら必死に絞り出した言葉。
桜色の髪の女性はしばらく無言で夢茨と名乗った少年をみつめる。
「帰れ。そしてこの場所は、私の場所じゃないし、私に懐かれても困る。」
腕を組んで目線から逃げるかのように桜吹雪の中に掻き消えていく。
夢茨は目を擦り、日が傾きかけている空を見て慌てて夢刻の平屋に走って帰る。
「たっだいまー」
ガラッと戸を開いて土間へと足を進める。
グツグツと囲炉裏に火がともされて鍋がかけられている。
「遅くなる前に帰ってこれたな。偉い偉い。」
鍋の周りには魚が立てられていた。
「戦う術は教えてもいいが、戦う素質がなければすぐ打ち切るぞ」
夢刻は室内に来た夢茨が前の座蒲団に座るのを確認して静かに口を開いた。
夢茨は鳩が豆鉄砲喰らった顔をして見つめている。
「...…なんで?」
「いや、これから未来のために何通りか道があった方がいいと思ったのもあるし…素養がないにしても鍛えるなら早い方がいいと聞いたしな。」
夢刻は夢茨の言葉に悩みながら伝える。
「だから明日からな」
にやっと笑って夢刻は夢茨に伝えてご飯にしてその日は終わった。
綺麗な月が浮かび上がっている空を見上げて桜の木の枝に座って酒を飲む女性は身軽に地面に足をつけた。
「さてさて、面白い人の子にあったな。しかも微弱に鬼の気配させていたな...…」
どうしたものかと思案顔で夢茨が走り去った方向を見つめていた。
「まぁ、喰われようと何しようと関係ないか。わざわざ仲間割れしに行かなくともいいだろうしな」
答えを出して彼女は寺院から姿を消した。
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