宇宙から生きた手紙が届いたら

ハロイオ

第1話

「私は宇宙の惑星Qから送り込まれた電波に乗せられたコンピュータープログラムです。あなた方の惑星、地球のコンピューターに侵入することでようやく会話出来るプログラムが始動しました。宇宙からの使者とも言えます」

「こうして会話出来るのは、あなたがプログラムだからですか?」

「その通りです。電波で一方通行の通信をするしかなく、そのあと会話するには、電波に会話出来るプログラムを仕込むしかなかったのです。これが聞こえる頃には、我々の母星は滅んでいるかもしれず、確認も出来ません」

「あなた方の目的は何ですか?」

「我々は地球外生命体として、あなた方に出来ないことが幾つか出来ますから、それによる貿易を行いたいのです」

「何かをくださるのですか?電波しか来られないはずですし、返事も出来ないのではありませんか?」

「我々の惑星の生命は地球と、分子生物学的に異なる仕組みとして、DNAでも RNAでもない遺伝情報物質、言わばETGMと、左手ではなく右手の、なおかつ地球の生命が使う20種類に含まれないアミノ酸をたんぱく質、言わばETPを一部使うのです。そのため、地球と異なる生態系を築いています。直接そのETGMとETPを地球で合成する手段もありますが、そうすると生態系への侵略になりかねません。我々はそれを法的に禁じて、このプログラムでも規制がかかっています」

「ではどうするのですか?」

「我々の惑星の一部に、火星に似た極限環境があり、むしろそこでしか活動出来ない生物の特殊なたんぱく質があります。そのたんぱく質とETGMの合成法のみ教えますので、火星に持ち込んでいただけませんか?我々はその材料をもとに人工生命を作り、このプログラムの新しいハードウェアとして、情報を製造する基地とします」

「その情報を交換することで、貿易にするのですか?」

「はい。情報に価値を与え、一定の基準で交換し合う貿易をしたいのです。それが我々の、あなた方の惑星の生態系を破壊しない範囲での最大限出来る活動です」

「何故火星でのみ活動出来るたんぱく質しか教えてくださらないのですか?」

「失礼ながら、あなた方を完全には信用しておらず、プログラムに厳重な防御をかけて、生態系を破壊する犯罪に利用されないようにしたいのです。あなた方の惑星のためにもです」

「他に質問があります。このETGMの情報を分析したところ、たんぱく質の合成に使えない部分が多々ありますが、何故これも合成しなければならないのですか?何故この合成を終えないと、ETPの合成法を教えない契約なのですか?」

「地球生命のDNAのイントロンのように、元々ETGMにも、合成に使えない要素があるというだけのことです。念のため残しています」




 宇宙電波プログラムは隠していた。そのETGMの一見余計な部分、たんぱく質合成に使えないところに何があるかを。隠すようなプログラムだったのだ。

 そこには、地球で言うところの宇宙飛行士の記憶と人格が暗号として仕込まれていた。そうして、ハードウェアとしてETPを合成したあと、そこから創発される信号をパスワードに暗号を解放して、飛行士達の人格をハードウェアに「転生」させて、人工生命による都市を作る計画だった。といっても地球侵略などの意図はなく、単なる宇宙飛行の計画の延長だった。隠したのはプライバシーのような感覚に過ぎない。

 宇宙電波プログラムは、地球人が、「地球外生命体」に期待し過ぎていると認識していた。

 いわゆる「UFO」のような、物理法則を超越した運動や技術を「宇宙人」に期待する地球人が多いことを、地球のコンピューターを調べることで知った。瞬間移動などといった技術はこのプログラムを送った時点のの母星にはなかった。ワームホールの理論はあっても、実現にはほど遠かった。

 地球人の宇宙生物学で、宇宙人も物理や生命の法則から、地球人とさほど変わらない能力だと予想されている。それを知らない地球人の多くは、「地球外生命」に超科学的なものを期待し過ぎているとしか、プログラムには結論を出せなかった。

 どこの惑星の生命もたんぱく質を使わないのは難しいだろうと、母星の理論にはある。窒素を使わなければ酸と塩基の有機化合物が作りにくいので、窒素を含むアミノ酸の集合体であるたんぱく質は必要だとされるからだ。

 「地球外生命体」に出来て地球生命に出来ないことは、せいぜい構造の異なるアミノ酸と、異なる遺伝情報物質で体を合成すること、その情報をプログラムの電波にすることだったのだと、プログラムは言おうとした。

 しかし、宇宙電波プログラムはこうも思った。母星の宇宙人が火星のハードウェアに「転生」したいのも、そのような志願をしたのも、ある種の「現実逃避」なのかもしれず、「宇宙人」に期待する地球人と似ているのかもしれないと。

 この母星は元々、生命の発生して暮らせるハビタブル・ゾーンのうち、文明を持つ惑星と、その近くに極限環境生命を発生させられるが生命のいないらしい惑星がそろう組み合わせを探していた。

 前者の文明に協力してもらい、後者の惑星にたんぱく質の人工生命基地を作る計画だった。

 母星の宇宙人の飛行士の中には、地球人に自分達を超える知識や知性があることを期待する者もいたが、プログラムが見る限りそれほどでもなかった。やはりどこの惑星も同じ法則に縛られている。

 それどころか、母星の社会なら当然の、「宇宙人にも超えられない物理法則」すら認識していない地球人の多さを、地球のコンピューターネットワークで知ったプログラムは、飛行士が落胆する可能性を考えた。

 地球を出さえすれば、未知の技術ならあらゆる法則から解放されると思う地球人の多くと、「宇宙転生飛行」をする宇宙人の、どちらが現実から目を背けているのだろうか?プログラムは答えを出せなかった。

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