見せてあげる——幽霊の正体を

少女とエイム、そしてシラセの三人は、張り詰めた沈黙をまといながら夜道を歩いていた。月明かりがかろうじて彼らの足元を照らしている。冷え込んだ空気が、まるで見えない壁のように会話を躊躇わせた。


やがて、その沈黙を破ったのは、エイムだった。


「ねぇ……あなた、名前は?」


少女は目を伏せたまま、かすれた声で答えた。


「私は……エリシア、だと思う……」


(……“だと思う”?)


エイムはその言葉に目を細める。思わず問い返しそうになるのをこらえながら、慎重に言葉を繋いだ。


「そう。よろしくね、エリシア。……ところで、あのお家には一人で住んでるの?」


「……うん」


「誰か他に一緒に暮らしてた人は? 家族とか……お父さんやお母さんは?」


少女の答えは、わずかに間を置いて返ってきた。


「……わからない。気づいたら、あそこにいたの」


「……そっか」


エイムの胸に、じわりと不安が広がっていく。

(この子……やっぱり、何かがおかしい。意識は朦朧としているし、自分のことさえ曖昧なまま……これは、単なる空腹や疲労じゃない。もっと根の深い“何か”がある……)


その時。


「……着いたよ」


エリシアの声に、エイムとシラセは顔を上げた。そこには、闇に包まれた家が佇んでいた。まるで時を止めたかのように、物音ひとつしない。夜の静寂が全てを押しつぶしていく。


ガチャ…


少女が無言でドアを開けると、黒い空間の中へと吸い込まれるように歩を進めていった。エイムとシラセは目を見合わせ、一度だけ小さくうなずき、覚悟を決めてその後に続いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


家の中には、人の気配はない。けれど、確かに「誰か」がここに暮らしていた痕跡が残っていた。整然と並んだ食器棚、使い込まれた調理道具、壁に立てかけられた古い楽器や、所狭しと並ぶ骨董品の数々。

以前この家に住んでいた夫婦は古物商だったと聞いていたため、その光景に特段の違和感はなかった。だが、二人の目を引いたのは、そのどれでもなかった。


「……エイム。あれ……」


シラセが、喉の奥で言葉を吐き出す。


「……うん。間違いない……魔法植物だ…!」


エイムの声は、低く、しかし確信に満ちていた。部屋の中央のテーブルに、それはあった。一鉢のユリのような植物。けれど、その存在はただの花では説明できない異質さを放っていた。


茎は、翡翠のような緑。まるで一筋の意志がそのまま植物となったように、根元からすっと立ち上がり、途中で滑らかに曲線を描きながら、風を抱くような葉を何枚も広げている。


その葉は薄く繊細でありながら、芯の通ったしなやかさを湛えていた。そして、茎の先端ーーーそこに咲く花は、まるで生き物のようだった。


六枚の花弁が、こちらを見つめるように開いている。反り返るその曲線は、どこか人の手のひらに似ている。花弁の色は内側から外へと層をなして変化し、淡い黄、青、黒、赤……それらが薄絹のように重なり合い、妖しくも美しい光を放っていた。


そして——その花の先端は、まるで現実から切り離された幻のように、透き通っていた。


光を受けた花弁は、まるで薄氷のようにきらめき、繊細だった。見つめるほどに、そこに「何か」が映りそうで、けれど確かに“何もない”という矛盾が、見る者の心をざわつかせる。それはただの透過ではない。何かが抜け落ちたような、あるいは、別の世界へとつながっているかのような、そんな異様な美しさを孕んでいた。


そして花弁の付け根は、まるで何かを吸い込んだかのように膨れ、その重みに耐えるように花全体がうつむいていた。まるで、こちらをのぞき込んでいるかのように。


エイムは、その姿を見つめながら、頭の中の知識と照らし合わせていく。そして……小さく、口を開いた。


「……わかったよ。あの植物が何か。そして、この家に現れる“幽霊”の正体も…」


「えっ、本当か!?」


シラセが思わず前に出る。


「うん…大丈夫、危険なものじゃないよ……」


エイムは、どこか悲しみを帯びたような表情で視線を落とした。


そのときーーー


「……あなたたちが見たっていう幽霊を、見せてあげる」


エリシアが、どこか遠い目をしたまま口を開いた。そしてテーブルの前に立ち、両手を組み、祈るような仕草を見せる。

すると、植物の中心がふわりと発光し始めた。淡く、けれど確かな意志を持って。


「……! おい、エイム!」


焦るシラセの声に、エイムは返さなかった。ただ、憂いを湛えたまま、その光景を見つめていた。

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