EP 34

灰色の谷の決戦

連合軍の前にそびえ立つ、灰色の谷。

それは、自然の造形物ではなかった。古代、この地に巨大な隕石が落下した跡地であり、その影響で、周囲の土地は生命を拒む不毛の大地と化している。そして、そのクレーターの中心に突き立てられた巨大な黒い塔こそ、帝国と魔族の野望が渦巻く、秘密研究所そのものだった。

決戦前夜、連合軍の作戦司令部では、指導者たちが最後の作戦会議を開いていた。

「敵の布陣は完璧だ。正面からの総攻撃は、こちらの損害が大きすぎる」

獣王ゴルドアが、唸るように言う。

「空も同じだ。バード族の報告では、塔の周囲には、対空用の魔力砲台と、翼を持つ合成魔獣の編隊が配備されている。空からの奇襲も容易ではない」

戦士長ジェットが、厳しい表情で付け加える。

議論が紛糾する中、タロウが、静かに、しかし断固とした声で言った。

「なら、三正面で、同時に攻めます」

タロウが地図に示した作戦は、大胆不敵、その一言に尽きた。

第一目標: ジェット率いるバード族航空隊が、敵の対空砲台を破壊し、制空権を確保する。

第二目標: ゴルドアとバラクが率いる獣人族の本隊が、正面ゲートに総攻撃をかけ、敵の主力を引きつける陽動を仕掛ける。

第三目標:- そして、敵の注意が、空と地上に完全に引きつけられている、その僅かな時間。タロウ、サリー、ライザの三人からなる最強の特殊部隊が、敵の警戒が最も薄い、クレーターの切り立った崖から、研究所の内部に直接潜入する。

目的は、ただ一つ。施設の心臓部である、巨大な魔力炉の破壊。

それは、全軍の命運を、たった三人の英雄に託すという、あまりにも危険な賭けだった。

「……ククク。面白い。実に面白い賭けじゃねえか!」

ゴルドアが、その巨大な口を三日月のように歪ませて笑った。

「よかろう、兄弟! 我ら獣人族が、お前たちのための、最高の舞台を整えてやろう!」

夜明けと共に、作戦は開始された。

「全機、続け! フィーリアの翼の力、帝国の鉄屑どもに見せてやれ!」

ジェットの号令一下、数百のバード族が、太陽を背に、黒い塔へと急降下する。彼らのクロスボウから放たれた「ゴッドン・パニッシャー」の矢が、空中で炸裂し、帝国軍の対空砲台を次々と沈黙させていく。

「全軍、突撃ィィィ! 祖先の土地を汚す、獅子の子らを、一人残らず食い破れ!」

地上では、ゴルドアを先頭に、数万の獣人族が、大地を揺るがす雄叫びと共に、研究所の正面ゲートへと殺到した。帝国兵と合成魔獣の軍勢が、それを迎え撃つ。大陸の覇権を巡る、凄まじい肉弾戦の火蓋が切られた。

空と、地上。二つの激戦が、帝国軍の注意を完全に引きつける。

その裏側で、タロウ、サリー、ライザの三人は、クレーターの垂直な崖の下に立っていた。

「いくぞ!」

タロウがスキルで取り寄せた、小型のワイヤー射出装置を使い、三人は音もなく、数百メートルの崖を登り切る。そして、研究所の警備が手薄な、資材搬入口から、内部への侵入に成功した。

研究所の内部は、地獄だった。

生命への冒涜ともいえる、おぞましい実験の数々。培養液の中で蠢く、失敗作の合成魔獣たち。その光景に、三人は怒りを奥歯で噛み殺しながら、施設の心臓部を目指す。

いくつもの防衛網を、ライザの剣とサリーの魔法で突破し、彼らはついに、目的地である最深部の魔力炉室へとたどり着いた。

部屋の中央では、ヴァラク魔導国の技術の粋を集めた、巨大な魔力炉が、紫色の不気味な光を放ちながら、禍々しい音を立てて稼働している。

だが、それは、無人ではなかった。

炉の前で、一人の男が、静かに彼らを待っていた。

黒き竜鱗を重ねたような、漆黒の全身鎧。背には、巨大な両手剣。そして、その傍らには、本物の黒竜が、眠れる火山のように、静かに佇んでいる。

「……待ちわびたぞ、森の英雄たち」

男が、ゆっくりと振り返る。兜の隙間から覗く瞳は、人間のものではない。縦に裂けた、竜の瞳。

「我が名は、ヴァリアン。皇帝陛下の剣にして、帝国の守護者なり」

彼こそが、帝国最強の騎士にして、竜人族の血を引く、“竜騎士”ヴァリアン。

「この研究所は、我が帝国が、永遠の秩序を築くための礎。お前たちのような、秩序を乱す反乱分子に、これ以上好きにはさせん」

ヴァリアンは、悠然と黒竜の背に跨った。

「さあ、最後の戦いを始めよう。この灰色の谷を、お前たちの墓標としてくれる」

グルルル……と、黒竜が喉を鳴らし、その口元から、灼熱の炎が漏れ出す。

それに対し、ライザは一歩前に出た。その手には、黒紅色の魔剣ドラグヴァンディルが握られ、彼女の闘気に呼応するように、刀身のルーン文字が、まるで宿敵の登場を喜ぶかのように、激しく明滅を始めた。

「竜殺しの魔剣……。面白い余興だ」

「不足はないでしょう? 帝国最強の騎士殿」

タロウとサリーは、魔力炉の破壊の隙を窺う。

そしてライザは、己の生涯最強の敵と対峙する。

大陸の未来を懸けた戦いは、今、一つの場所に収束した。

英雄と、竜騎士。

フィーリアの希望と、帝国の秩序。

二つの譲れぬものの全てを懸けた、最後の死闘が、今、始まろうとしていた。

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