演劇部のデレは一切信用できない 【ボイスドラマ】
氷見錦りいち
第1話 こき下ろすって、響きがエロいですよね
「どうして大人は高校生に高尚さを求めるのでしょう」
夕焼けの赤い光が細く差し込む文芸部の部室で、実に文芸部員らしいことを
「私は低俗で下品で下世話な話が大好きです。小学生しか笑わないような下ネタを愛しています。なんならこの場で先輩に新作ネタを披露したいくらいです」
「絶対にするな」
ちっとも文芸部員らしくなかった。
そもそも文芸部員ではないのだけれど。
それがどうして文芸部に入り浸っているのかと言えば、役作りのため。だそうだ。
「文化部のよしみ知らない仲じゃないんだ持ちつ持たれついこうじゃないか。なに主役を張る美少女だ悪いようにはならない」なんて、向こうの部長に押し切られる形でOKしたものの、まさか主役の美少女がこんな奴だなんて。まったく、騙し討ちも甚だしい。
部屋に男女二人きりでいる恐怖なんて、同性としてアイツも十分知ってるだろうに。
受けた喜角も喜角だが。
当然ながら脚本に下ネタを語るシーンは微塵も含まれていない。喜角の悪ふざけだ。
「悪ふざけではありませんよ先輩。演劇部としてはとても大切なことです」
真面目な口調で喜角は言う。
「下ネタとは本来非常に恥ずかしいことです。ましてやそれをネタに昇華して披露するだなんて、よっぽどメンタルが強くないと出来ないことです」
「つまり、舞台であがらないためのメンタルトレーニングだってか?」
「その通りです。メンタルの強さが無ければ舞台に立つことは許されませんから」
「なるほど理屈は分かった。だが、ここは文芸部だ。下ネタを披露することを許可した覚えはない」
僕はスマホを叩く手を止め、喜角の方を見た。
カーテンの揺れる窓際に座って読書をする彼女の様は、悔しいが非常に映える。惜しむらくは夕焼けより青空の方が映えそうというところか。
まあ。
手元の小説が禍々しいイラストのBL本という問題に比べればあまりにも些細だが。
「どうしました先輩。髪なびく乙女に
悪戯っぽく笑う姿は劇団の主役らしくはある。
裏を返せばそれだけオーバーで、一目で演技だとわかってしまう仕草だ。
「ああ、見蕩れてた見蕩れてた」
僕は適当に返し、もう一度スマホを叩き始める。本性を知らなければ、間近で見てるにもかかわらず見蕩れて作業どころじゃなかったに違いない。
「なにやってるんですか、先輩。文芸部がゲームなんていけませんよ?」
素直に読書してればいいのに、喜角はわざわざ机を回り込んで、僕のスマホを覗きにやってきやがった。
わざとなのかそれともただ無神経なのか――演じるキャラのパーソナリティを思えば演技なんだが、喜角本人の性格がどうしても無神経寄りのせいで判断しかねる――彼女の長い髪がスマホを持つ手にかかる。微かな石鹸の匂いがなんだか余計に腹立たしい。
「脚本だよ。そっちの部長に頼まれたな」
特に隠し立てする理由も無いので、僕は画面を堂々と見せた。
ただし頼まれたと言うのは方便だ。
喜角を預かる代わりに文芸部の活動実績を作らせてもらっているのが実情だ。来年来るであろう新入部員に先輩さえも残せないのは部長として忍びない。
だからこそ使えるものは何でも使う。
それが見てくれだけの下ネタ愛好家であってもだ。
「なーんだ。面白くないですね」
スマホから顔を離し、喜角はつまらなそうに肩を竦めた。
「悪かったな。つまらない脚本で」
「脚本が、じゃないですよ。真面目な先輩が、つまらないと言ったんです」
尚更余計なお世話だ。
「もっと面白おかしく楽しく生きましょうよ。人生は今しかないんですから」
「高校生が未来を否定するな。今の積み重ねが未来だろ」
「つまらないものをつまらないまま積み重ねたって面白くありませんよ。SNSでよくあるじゃないですか、一円玉だの石だのを積んでる写真。あれくらいやらなきゃスポットライトなんて浴びれませんよ」
「浴びなくて結構。僕は表舞台に立ちたくないんでな」
「うっわー、黒幕らしい台詞」
けらけらと喜角は笑う。
それだけが自然なのが腹立つ。
「にゃあのみや先輩知ってます? そういうの陰キャって言うんですよ?」
「誰がにゃあのみや先輩だ。僕の名前は
「にゃあのみゃー先輩」
「お前わざと言ってるだろ」
「やだなぁ、滑舌が悪い名古屋人なだけですよ。にゃーのみゃー先輩」
「滑舌の悪い主役がいてたまるか。あと名古屋の人にも謝れ」
「飲み屋にゃー先輩にはいいんですか?」
「しなくていいぞ。部室から追い出すだけだから」
「この度は大変申し訳ありませんでした」
演劇部員らしい、綺麗な頭の下げ方だった。
変わり身があまりにも早い。
「名古屋の方々。語尾はみゃーだろなんて安易なキャラ付けをして大変申し訳ありません。また、二矢宮先輩の名前を甘噛みしてにゃんのみや先輩と呼び、私の有り余る可愛さアピールに利用したこと、この場を借りてお詫び申し上げます」
「永久に詫び続けろ」
「先輩は私のつむじが好きなんですね!」
「……その状態でボケれるお前の姿勢に僕こそ頭が下がるよ」
「いいんですよ。人間無くて七癖あって四十八手と言いますから、人の性癖も多種多様です」
「よし、頭を今すぐ上げろ。そしてそのまま部室から出ていけ!」
「おやおや、そんなこと言っていいんですか先輩? みゃあの宮先輩は私のつむじフェチだって明日の朝には知れ渡ってますよ?」
「頭下げたままで人を脅すな!」
「さぁどうしますか。私の顔を上げるか、先輩の株を下げるか。未来は先輩の手にかかってます」
「さらっと上手いこと言ってんじゃねえよ。……ついでに僕の株はこれ以上下がらねえよ」
「そんなこと言わないでくださいよ、みゃあのにゃあ先輩」
謝罪芸に飽きたのか、喜角は顔を上げた。
「よく言うじゃないですか、『最悪だと言える間はまだ最悪ではない』って」
「この流れでシェイクスピア持ち出すお前は間違いなく最悪だよ!」
「さぁ先輩。本当の最悪を知りたくなければ私とシェイクハンドして和解しましょう!」
「謝罪してる側が言い出す事じゃねえよ!」
「いいんですか先輩。人生に一度あるかどうかの美少女JKと手を握る機会ですよ? ここを逃せば合法的に握る機会なんて永久に訪れませんよ? 待ってるのは獄卒と臭い飯だけです」
「お前は僕を脅したいのか貶めたいのかどれだ」
「やだなあ先輩。私は先輩のためを思って言ってるんですよ?」
「そのフレーズが本当に相手のためだったためしは未だかつて無いけどな」
古今東西、なんなら言葉が生まれた頃から使い古されてそうだ。
喜角は本当に役作りをする気があるんだろうか。
彼女の役は『男を篭絡して自分の作品を売り込む』『鳴かず飛ばずの作家』のはずだが、今のところどれも
強いて言うなら悪女に近いが、これでは相手をいいように甚振るただの性悪女だ。
まさか単にキャラを掴めてないだけということもあるまい。
「私が先輩のためを思い、先輩が私を思う。これはもう相思相愛では?」
「どこから愛が出てきたのか説明してもらおうか」
「先輩、愛は芽生えるものですよ?」
「雑草感覚で芽生えてたまるか」
「さすが文芸部部長。手間暇かけなければ愛は生まれないということを、たったワンフレーズで言い表すなんて。私もその姿勢を見習わなければなりません」
「散々こき下ろしてから持ち上げられても嬉しくねえよ」
「ところで、こき下ろすって響きがエロいですよね」
「そんなところでがあるか!?」
「気付いたんですから仕方ないじゃないですか」
「本当に仕方がなってねえよ!」
「先輩には分からないんですか? このエロスが?」
「わかんねえよ!」
「仕方ないですねえ。私が例文を交えて説明してあげましょう」
「人の話を聞け!」
僕の言葉に一切耳を傾けることなく、喜角はふぅ、と呼吸を整え、声色を変えて言った。
非常に艶めかしい声で。
「彼女は上目遣いのまま、その小さな口で激しく僕をこき下ろした」
「お前がエロを演じてるだけじゃねえか!」
「出ちゃう! 出ちゃうから! そんなに激しくされたら涙が出ちゃう!」
「やかましいわ!」
「――とまあ、こんな具合ですから、こき下ろすという言葉は激しくエロいのです」
「エロいのはお前の頭だよ!」
「いかがでしょう先輩。これで男を篭絡出来そうですか?」
「篭絡っていうか暴落だよ……」
というか、今のは一応役作りのつもりだったのか。
だとしたら脚本読み込めとしか言い様がないレベルだが。
高嶺の花がしたり顔で下ネタなんて言ってるのを見たら幻滅、それこそ百年の恋も冷める。
「せめてもう少し高尚であってくれ。それが求められてるキャラクター像だろ」
「やだやだ、高校生の分際で先輩まで高尚さを求めるんですか?」
やれやれと言わんばかりの表情で喜角は返してくる。
「肩ひじ張った高尚なんて面白くありませんよ」
「高校生の分際はお互い様だ。少なくとも、演じる役が役なんだから、文句があるなら脚本家に直接言え」
「ヤですよ。先輩、部長と仲いいんですから代わりにイチャモン付けてください」
「人をタダで利用するな」
「代わりに先輩には私がイチャラブの演技をしてあげますから」
「いらねえよ! 何が悲しくてそんなそんな演技されなきゃいけないんだ」
「はぁ……」
喜角は大仰に溜息をついた。
「やれやれ、没交渉ですね」
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