11話 夢を追いかけて

ミアは風紀委員室に書類を届けた。アレクシスの側近、シモンが山のような書類からひょいっと顔をのぞかせ、眼鏡の奥の瞳を細めてあいさつをした。


「ミア嬢、ちょうどよかった!お会いしたかったのです、あなたに」

「こんにちは、シモン先輩」


「あなたの地元は、ダミドク茶の産地と聞きましたよ。今度ぜひ、産地のお話を聞かせてください。私、ダミドク茶中毒なんですよ」

いつものように薄い笑みを浮かべながらシモンが言うと、ミアの表情がぱあっと明るくなった。


「はい!ぜひ!うちのダミドク茶は、今も伝統に従って花が咲く直前に刈り取ってます」

ダミドク茶には独特の香りがあるため、最近売れ行きが芳しくない。ミアは祖母に手紙で王都にもこのお茶を好む若者がいると知らせよう、きっと喜ぶ、そう思うと笑顔になった。


「では、書類確認しますね」

シモンがローズフェスタ屋上サロンのイベントに目を通す。


「ああ、アレクシス様はここにはいませんよ」

無意識に彼の姿を探していたミアは、指摘されて顔を赤くした。


「さきほどまで手紙を読んでおられたのですが、出て行かれたんですよ。実は昨日も新聞を読んでいたと思ったら、フッとね」

シモンは眉間に小さなしわを寄せながら、あたりを見回し、誰もいないのを確認した。


「なんだか、気になるんですよねぇ」

普段の軽やかな口調とは違う、低い声だった。


「私もそう思うんです!2、3日前から、アレクシス様、時々ぼーっとなされてますよね」

ミアは身を乗り出すようにして、声をひそめながら言った。


「おや、ミア嬢もそれを感じ取られたとは。私とあなただけでしょうね。それは、恋する乙女の直感ですか?」

シモンは眼鏡を軽く上げながら、いつもの皮肉めいた笑みを唇の端に浮かべた。しかし、その瞳の奥には真剣な色が宿っている。


「ち、ちがいます!動物的直感です!!」

ミアは思わず大きな声を出してしまった。


「アハハ、そう来ましたか。おもしろい方ですね」



何かあったのだろうか?

迷った末に、彼女は直接彼に尋ねてみることにした。


放課後、ミアの目の前にいるアレクシスは、書類に目を落としているそぶりだがその瞳は文字を追ってはいないようだ。

「アレクシス様、大丈夫ですか?」

「え? ああ、すまない。考え事をしていて」


「もしかして、学園祭のことで心配が……?その、えーと、シモン様がアレクシス様を心配しておられました」


「それはすまなかったね、少し疲れていたが、もう大丈夫と伝えておくよ」

「はい、シモン様も安心すると思います」


しばらく静寂が流れた。アレクシスは再び書類に視線を戻したが、やはりペンは動かなかった。ミアは彼の横顔を見つめながら、何か言葉をかけるべきか迷っていた。

やがてアレクシスは小さくため息をつき、ペンを置いた。


「……実は、兄のことなんだ」

ミアの脳裏に、前世の飼い猫時代に可愛がってくれた兄エドワードの姿が浮かんだ。

その部屋にはいくつものキャンバスが散らばり、エドワードの顔にはいつも絵の具がついていた。


「お兄様の?」

「実は、最近、兄の絵が評判になってるんだ」

そう言って、アレクシスは新聞の切り抜きを見せてくれた。


『新進気鋭の画家エドワード・フォン・ローゼンベルク、隣国で特別個展開催』

その前衛的な作風に隠された暖かなメッセージとは?


「すごいじゃないですか! おめでとうございます」

ああよかった!病気や事故でなくて、しかも素晴らしいニュースだとミアは飛び上がりたいほど喜んだ。


「ありがとう。でも正直、複雑なんだ」

アレクシスの表情は冴えなかった。


「両親は兄のことを芸術ばかりを追い求める『道楽息子』のお荷物だと思っていた。でも今は、兄の成功を誇らしげに話してまわっている」


アレクシスの表情が曇った。

「僕は両親の期待に応えて、家督を継ぐか政治の道に進まなければと思っていたけど……」


「アレクシス様は、大学の医学部で新しい研究をすすめてらっしゃいますよね……。

その道に進むのだとばかり思っていました」


「夢か……」

アレクシスは遠い目をした。


「君は夢を追いかけることについて、どう思う?」

「私は……」


ミアは慎重に言葉を選んだ。

「夢を追いかけるのは素晴らしいことだと思います。でも、きっと大変なこともたくさんあって……」


「そうだね」


「でも、本当にやりたいことなら、きっと頑張れるし、幸せになれるかな……。

私、この学校に入る夢を叶えたくて10歳から猛勉強したんです!

村では笑う人もいたし、自分でも諦めかけたこともあります。けど、勉強し続けて今、毎日楽しいです!」


ミアの言葉に、アレクシスは少し表情を和らげた。


「君はいつも、僕を励ましてくれるね」

「そ、そんなことは……」


ミアは本当にそう思うのだ。

夢を信じてよかった、あなたに会えるって夢を。


「ありがとう、ミアさん。僕は医者になりたい。その理由もすっかり忘れていたようだ。病気や事故に苦しむ人を救いたいって単純な理由なんだが、なぜか忘れていたよ」


その優しい笑顔に、ミアはチリンと澄んだ鈴の音が聞こえた気がした。


(恥ずかしい話を聞かせてしまった)

アレクシスは彼女の笑顔を見つめながら思った。しかし、後悔はなかった。


(彼女といると、つい話しすぎてしまう。なにが理由なのだろうか?

あの笑顔がいけないのか?彼女は今まで出会った他の誰とも違う、そんな気がする)

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