第8話 SNS終わりました
「……えっと、その……リーチェ?」
様子を見るように、セレナはあたしに声をかける。
あたしは、魔王だ。
しゃんとしなきゃ。
「……あーあ!またダメだったかぁ!」
あたしの反応を見て、セレナはふと、肩をなでおろす。
そうだ。これでいいんだ。
「ねぇ、セレナ、やっぱりSNS作戦はダメな気がしてるの」
「……と、言いますと?」
少し驚いたような表情を浮かべる。
あたしは前回のカップルアカウントを見せた。
「ほら、これだけの人たちがあたしを、あたし達を見ていた。
でもこれってさ、善意の目だけじゃないって気づいちゃったのよ」
画面を下にスクロールすると見えてくる、心無い言葉の数々。
『魔王調子乗りすぎ』
『さすがにウザいかも』
『勇者コイツどこで何してたの?』
こんな言葉で溢れかえっていた。
「だからあたし、考えたんだ。
あたしを見てくれる人は全員、あたしの味方じゃなきゃいけないんだ」
終わりを迎えるためには。
老衰のためには。
こんな派手な立ち回りは良くないんだ。
「で、ですがリーチェ。
……ほら、これ!
『魔王様と勇者……応援しています!』
何も悪い側面だけでは……」
「悪い側面があったらダメなんだよ!」
やってしまった。
あたしが怒鳴ると、セレナは少し萎縮してしまう。
どんな風に声をかければいいのか、悩んでる様子だ。
「……ごめん。
でも……さ、あたしは人間全員から無関心や味方でいてくれないとダメなんだ。
ただでさえ……狩られる側なんだから」
「ですがリーチェ。
あんなに楽しそうに……」
「……ねぇセレナ?
楽しいって生きるために必要なのかな?」
「え……」
「楽しければさ、死ななくて済むの?」
あたしは老衰しなきゃいけないんだ。
そのためには、もっと確実な善でいないとダメなんだ。
「……どこへ行くのですか?」
「……冒険者ギルド。少し、任せてくれないかな」
あたしがそう言うと、セレナはスッと道を開ける。
どうやら言葉は無意味だと分かってくれたみたいだ。
あたしは特に何も言わず、魔王城を後にした。
あたしは1枚の資料を手に、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドではあたしの討伐依頼が何枚も何枚も貼られていた。
ギルド内では戦闘してはならない。
そのため何人かあたしに気づいたみたいだが、手を出せないでいた。
……まぁおそらく、ギルドを出たら……。
今は考えないでおこう。
「……この仕事、させてくれないかしら」
1枚の紙を手渡す。
入念に計画した『魔物運送』の計画書だった。
魔物を使った運搬と、治安維持。
もし暴れる魔物がいたら、他の魔物が取り押さえる。
最終手段として、あたしの作った首輪が爆発し、暴れる魔物を処分する。
……ただこの機能だけは、使わないことを祈る。
「……少々お待ちください」
ギルドの人が奥へと入っていった。
当然だ、魔王からの提案など、受け入れられるはずもない。
少しすると、奥から受付の人が一人の人間を連れて戻ってくる。
「お待たせいたしました」
「おぉ、魔王のお嬢ちゃん。
魔王の提案って聞いて何事かと思ったが、よく出来ているじゃねぇの。
こういうのは受理できねぇんだが……。
最近の勇者とのやり取りを見ていて、少し信じたくなった」
どうやら奥から出てきたのはギルド長らしい。
……平和ボケも甚だしいな。
こんなツール一つで人が動くとは。
「受理するよ。
頑張ってくれ」
魔物をどこから街に入れるか、ギルドの人と入念に計画し、より完璧なものとする。
これで安価で、より早く荷物の運搬が可能となる。
そして魔物の安全性も示すことができれば……。
「では、この日よりお願いします」
計画も決まり、ギルドを出る。
案の定、外にはあたしの素材目当ての連中が集まっていた。
「のこのこと現れたな!魔王!」
そんな三流みたいなセリフが聞こえてくる。
あたしは奴らを睨みつける。
「やるなら早くやりなさい」
少し戸惑ったように、顔を見合わせた。
冒険者達はあたしに一斉に向かってきた。
あたしは無抵抗に、それを受け入れた。
「リーチェ、さすがに無茶しすぎですよ」
目を覚ますと、いつものように隣にセレナはいた。
「なんだ、見てたんだ。
無茶なんてしてないよー。
これで魔物が社会貢献を果たせば、あたしの評価も上がるってわけよ!」
SNSとか、あたしの楽しみのためにやるようなツールじゃ甘いんだ。
もっと、ちゃんと、あたしの価値を示さないと。
セレナから縋るような視線を受けながら、魔王城を後にする。
その日からは一部の魔物が街へと入っていった。
「ワフッ!」
「みてみてお母さん!
このケルベロス、とても可愛い!」
「何してるの!近寄ったらダメでしょ!」
その一部始終を見て、あたしは思うんだ。
魔物は正当防衛でしか人を襲わないのに、偏見は留まるところを知らない。
もっと、もっと魔王として、偏見を無くさないと。
今日のあたしはスラム街へ来ていた。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
子どもを中心に、食料を分け与えていく。
この食料は魔物運送で稼いだ費用で買ったものだ。
魔物も、あたしも魔力を吸って生きていける。
食事はただの娯楽でしかない。
あたしは、あたしの価値を示すため、娯楽に費やすお金など無いのだ。
ましてや、パンケーキとか。
スラム街で食料を分け与えたら、子どもたちと遊ぶ。
たまに運送用として街に入れている、ケルベロスやゴーレムなんかを連れてきて、魔物が安全だと示す。
ここでなら大人たちも、あたしを襲おうってやつは少ない。
それは、子ども達と鬼ごっこを楽しんでいる時だった。
パシャリ
どこかから、シャッターを切る音がした。
少し嫌な予感がして振り向いたが、既にそこに人の気配は無かった。
帰り道はもう安全などどこにもないため、ギルド前で刺され、玉座へと帰る。
……静かだった。
あたしは刺されたはずなのに。
周りの誰も、これを異常とは思わない。
「クラリーチェ!!」
あぁ、ノエルか。
そういえば、あの後、何も言わず別れちゃったな。
「ごめんね」
その言葉は、喉から先に出てくることは無かった。
ただ目を閉じて。
いつもの玉座に戻った。
「リーチェ!もう!もうやめて!
なんで……なんでこんな目に遭ってまで!」
いつものように目を開けると、そこには涙をにじませたセレナがいた。
あたしは少し無理矢理笑う。
「大丈夫だって!
全て順調!老衰まで一歩ずつ、だよ!」
「でも……でも……!」
セレナは何か言おうとして、また飲み込む。
彼女なりに、この行動は正しいと思っているのだろう。
心配性なのだ、セレナは。
あたしは何度でも復活できるんだから、問題ないのに。
いつものように街に入る。
目的地まで殺されるわけにはいかないから、隠れてコソコソ移動する。
スラム街へたどり着くと、少し空気が変だった。
「……えっと?」
子ども達が寄ってこない。
いつもなら、喜んで集まってくるのに。
背後から、肩をポンと叩かれる。
振り返ると老婆がすごい古いスマホで、とあるSNSを見せてきた。
「……何これ」
そこには、あたしが食料を与えている写真を添えて一言。
『魔王による洗脳活動』
鬼ごっこの場面を切り取って一言。
『スラムの子どもを襲う魔王』
『コソコソと何を企んでいるのか』
『最近見直してたけど、やっぱ怪しくない?』
『絶対いつかやると思ってた』
『盗品を与えてるって聞いた』
『やっぱり魔王は魔王なんだよ』
そこには憶測を断定する言葉で溢れていた。
「どうか、もうこれ以上、ここに近づかないでくだされ……。
魔王様がお優しいのは皆、理解しております。
ですが、ここにいたら、どのような噂を立てられるか……」
……なんだよそれ。
体よく追い出そうっていうのか。
「……本当にお優しい方なのは知ってます。
ですが、私達のせいで、あなたが非難されるのを見ていられないのです……」
言い訳がましく、優しいだの、そんなこと言っちゃって。
……ここに留まる理由も無くなった。
あたしの居場所が一つ、なくなった。
「やほー!みんな!みってるー!?」
帰り道、ギルドへ刺されに行くまでの道中、路地裏で変なのに絡まれる。
「……なんだ」
「おー!魔王様映しただけでこの伸び方!
なぁ見ろよ見ろよ!」
3人組の男だ。
ヒョロガリに、筋肉質が2人。
大した強さではなさそうだ。
「……先を急いでるんだ。
道を開けてくれないか」
「そーつれないこと言うなって」
馴れ馴れしく、肩に腕を回してくる。
気持ち悪い。
「今、世間を賑わせてるこの魔王ちゃんに、正義の鉄槌!くだしちゃいまーす!」
は?
今何言った、コイツ。
「……んじゃ!頼みますぜ!兄貴!」
ヒョロガリはあたしが睨みつけると、あたしから手を離し、そそくさと後方でカメラを構える。
筋肉質の男が2人、パキパキ手を鳴らしながらこちらへ歩み寄る。
あたしは魔王だぞ?
なんでそんな筋肉を見せつけるため露出の多い装備をしてるんだ。
勇者ならいざ知らず。
こんな奴らに負ける気はしなかった。
嫌な予感がして、屋根をつたい、リーチェを探す。
「どうか……ご無事で……!」
あの後、普段ならリーチェの後をこっそり追うのだけど、あの時の私は少し、そんな気分ではなかった。
気分で職責を放棄するなんて、側近の風上にもおけない。
気分転換に見ていたトゥイスターの投稿で、気になる話題がトレンドに上がっていた。
『#やっぱり魔王』
最近、勇者とのSNSで人気も出ていたし、何かして可愛さが再評価されたとかだと、軽い気持ちで開いた。
そこには憶測と感情論で溢れかえっていた。
いつかやると思っていた。
そんな心ない言葉で溢れてる。
リーチェはおそらく、この事を知らない。
もし、何か起こっていたら……!
リーチェを見つけた時、嫌な予感は的中していた。
「どうした!?魔王ってこーんなしょぼかったのかよ!」
男に腕をつかまれ、何度も、何度も無抵抗に殴られ続けていた。
最近のリーチェの行動を見ていたから、分かる。
リーチェは抵抗できないんだ。
魔物が世間に溶け込んできた。
では例え正当防衛でも、ここで魔王が暴れたらどうなる?
魔物はやはり危険なものだと、立場がまた危うくなる。
カメラを構える男は配信しているらしく、この残虐な行為をエンタメとしていた。
「うっ……ぐぁっ……!」
うめき声が響く。
男たちは、リーチェを殺しきることなく、敢えて生かしている。
長く長く……楽しめるように。
私がここで取れる最善の策はなんだ。
おそらく、私がリーチェにトドメを刺し楽にすることだ。
私なら気配を消せるし、すぐにでもこの状況を打破できる。
一番の最悪な策は、男たちを手にかけることだろう。
昔のように。
これをしたら、リーチェのここまでの苦労や痛みが水疱に帰す。
私はリーチェに向かって飛び出すため、身体を縮ませる。
「……もう……終わら……せて」
そんな言葉が耳に届く。
私は頭が真っ白になっていた。
飛び出す。
気配を消し、一直線に。
リーチェの元へ。
筋肉質の男、2人の首を掻っ切った。
「ひっ……なんだ……!何だコイツ!
魔物か!やはり魔王は魔物を使役して」
「今すぐここを離れなさい。
さもなくば……」
爪を立てる。
弱々しい声を上げながら、カメラを構えていた男はカメラを落とし、身体のバランスを崩しながら去っていった。
「……セレナ……なんてこと……してくれたんだ」
「……すいません、リーチェ」
きっと私は、この友人のため、リーチェの邪魔をしたのだろう。
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