第56話 閑話 企画課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

「旦那様〜今日はお寿司を取ろうと思うんだけどいい?」


 その呼び方が定着していることに思うところがないわけではないが、今更抗議しても遅いことだけはわかる。


 今日は珍しく二人とも定時退勤。

 最寄り駅で鳴宮に見つかって、腕をがっちりとホールドされながら帰ってきたのがついさっき。


 ラフな格好に着替えてソファに沈みこんでいると、同じく着替えた鳴宮が手を後ろに回してリビングへ現れた。


「どうしたんだ藪から棒に……もちろんいいけど。せっかく早く帰ってきたしな」


「んふ、見てこれ!」


 じゃーん!と口からお手製の効果音を放ちながら取り出したのは日本酒の瓶。


「お、それ俺でも知ってるやつだ」


「ねね!有名な日本酒、お世話になってる……いや、お世話してる取引先から貰ったの」


 なんて不遜な担当者なんだ。そこは「お世話になってる」でいいだろ。


 あ〜確かに、企画が一通り終わったら何かいただくことが多いんだよな。

 経理課に長くいるから忘れていた。


 もちろん一緒に頑張った相手さんの言葉が一番嬉しいが、物にしていただけるとそれはそれで頑張った実感が湧く。


「でもそんないいお酒、一人で飲まなくていいのか?」


 すると彼女は大きく目を開いて、こちらへずんずんと近付いてくる。

 鳴宮の顔まであと数センチ。


 こんなに近くで見ても肌が綺麗だ、なんて場違いな感想が頭の中を泳いでいく。


「あったりまえじゃない!美味しいものは二人で食べたら二倍美味しいんだから」


 酒瓶を抱えたまま、彼女は俺の隣に沈み込む。

 そして俺のスマホを奪い取ると、「おっすし、おっすし〜!」と聞いたことのない曲を歌いながら画面に指を走らせた。


◆ ◇ ◆ ◇


 ピンポーンと軽い音、いや、幸せのチャイムが部屋に響く。

 どうやら頼んでいたお寿司が届いたみたいだ。


 宅配ってわくわくする。中に何が入っているかわかっていても楽しみなのは、自分が大人になったからだろうか。


「藍野くん〜食器の準備お願いしていい〜?」


「もちろん」


 そう応えてキッチンへ赴く。

 手元には色違いのお箸に同じコップ。


 そんな小さなことですらあの企画課の美人同期と結婚したことの実感が湧くのだから、俺も単純だな。


 やがて食卓に並んだ色とりどりの宝石。照明の光を乱反射するそれらは、俺たちの胃を鳴らすには十分で。


「見てよ、このネタとかシャリの二倍はあるんじゃない……?」


 指よりも厚いマグロ、シャリに収まりきらないホタテ。

 やはり資本主義において金を積む行為とはすなわち、幸福のパラメーターを上昇させることに他ならない。


「おい早く食べようぜ」


「そ、そうね!ちょっと圧倒されちゃったわ」


 回転寿司屋もいいが、たまには贅沢も悪くない。

 いそいそを手を合わせて箸を取る。


 ずっしりとした重みを指で感じながら、醤油という名の真っ黒な泉に触れさせる。

 口に放り込むと、上品な魚の旨みが舌を通って脳を揺らした。


「口に残ってる間に飲みましょ飲みましょ」


 俺の返事を待たずに、鳴宮は小さなお猪口に日本酒を注ぐ。


 勧められるがまま、くいっと酒器を傾ける。

 キリッと立ち上がる辛口が、旨味を洗い流して口内をリセットする。


 やはりお寿司は完成された料理だ。余韻ですらも美味しいじゃないか。


 脳内を駆け巡る食レポを口にしようとしたところで、にこにこと笑っている鳴宮と目が合った。


「あなたって、ほんと美味しそうに食べるわね」














◎◎◎

同じ職場の美人同期と飯を食べる話。どこかで聞いたことあるな。


私の作品をたくさん読んでくださる方に届いてくれたら嬉しいな。


みなさんこんにちは、七転です。

お久しぶりです。

まだまだ繁忙期の真っ只中ですが、滑り込みの更新です。

来週からはモリモリ更新したい……!

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