第6話 ムラーの荘園、ムラーの家、紀元前47年
どうもまだこの体に馴染めない。ムラ―の意識、記憶も掘り起こさないとダメだ。俺は額に左の人差し指と中指をおしつけて、ムラーの知識を探る。
ムラーの家は2つあるようだ。この海岸沿いの家と丘の中腹にある家だ。それぞれハーレムの奴隷頭が仕切っているようだ。海岸沿いの家のハーレムには、女奴隷が7名。丘の家には13名いるようだ。合計20名か。よく、このムラーは体が持つな、と思ったら、玉なし竿ありの宦官に代わりをやらせているようだった。
なんだ、執事のアブドゥラは宦官だったんだな。なるほど。ヤツは18歳か。もう一人宦官がいて名前がナルセスというのか。こいつは21歳。どちらも俺の同衾の相手らしい。ムラーはバイセックスなんだ。この時代なら普通のことか?ただ、20世紀のLGBTと違って、日本の戦国時代の稚児のような関係のようだ。家庭の戦闘集団の男性としての絆を深めるための意味もある。なるほどな。性行為も儀式ではあるんだな。
この古代ローマという世界は、女性の地位が2千年先の人類よりも低いようだ。女性は家事労働とガキを産む個体というわけだ。それでも、世界帝国のローマではそれなりに、ジュリアス・シーザーの母親や妻のような教養があり社会的に認められている女性もいるようだが、ごく少数だ。20世紀の女性の絵美が、いや、エミーが知ったら怒り狂うだろう。
などと自室で考えていると、絵美が、いや、エミーがノックもせずになだれ込んできた。ええい、ややこしい。絵美/エミーだ!その後に奴隷頭のジュリアも部屋に入ってきた。
「ムラ―!」と絵美/エミーが怒鳴った。「なんなのここは!このあなたの奴隷頭のジュリアだか誰だか知らないけど、なぜあなたと同じ部屋に寝ないといけないの?」と叫ぶ。おいおい、俺は絵美/エミーと同じ部屋に寝るなんて、一言もいってないぞ。
「旦那様、申し訳ありません。この50アウレウスも払った女、生意気にも旦那様との同衾を拒絶したものですから・・・怒鳴りつけてひっぱたいてやったんですけど・・・いけませんでした?」
「なんだ、ジュリア、アブドゥラから聞いていなかったのか?彼女は、俺の知り合いで、黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘さんなんだよ」
「それだって、50アウレウスも払って、助けたのでしょう?旦那様?だったら、18歳にもなって、まだ処女です、なんてハレンチな女、さっさと旦那様に抱かれれば、名誉なことですわ」
ジュリアがそう言うのもわけがある。古代ローマは、出産しても赤ん坊が5歳まで生き延びる割合は3分の2。三人に一人の赤ん坊は医療が発達していないので死亡した。また、死産も多く、女性も出産で死亡する割合は高かった。5歳以上まで成長できれば、40歳代までは生きた。だから、古代ローマ社会では、女性は十代前半から性交を始め、一生の内6~9人くらいの子供を産んでいた、処女に価値などあまりないのだ、さっさと種付けされて妊娠して女性の義務を果たせということだ、と絵美/エミーに日本語で説明してやった。
「つまり、この時代は、女は妊娠して子供を作る、家事労働をする、男は種付け馬で商売や戦闘をするということなのね」
俺はまた人差し指と中指で額を押して集中した。このムラ―ってやつは意識/知識を開放しないな。頑固なヤツだ。「そういうことらしい。俺は家を2つ持っていて、一つがここ、海岸の家。ここのハーレムには、女奴隷が7名。丘の家には13名いるようだ。合計20名。ここを仕切っている奴隷頭がこのジュリア。ギリシャ奴隷だ。それで管理しているのが、さっきのアブドゥラ。丘の家の奴隷頭がソフィア。エジプト人だ。管理しているのがナルセスというアフリカ人。アブドゥラとナルセスは宦官だ。玉なし竿ありってことだな。その他に、農園なんかで家事労働をする奴隷が30人くらいいる」
「ムラ―、あなたは奴隷を50人、宦官を2人、所有しているわけね。それって、金持ちってこと?」
「こいつは・・・かなり金を持っている。が、散財しないので、この程度の人数のようだ。20世紀で言うと、年収10億円ぐらいの社会階層みたいだぜ」
「富裕層ってことか。食うには困らないわけね。ねえ、ムラ―、20人もの女性を相手にして体が持つの?」
「いや、20人じゃない。だいたい常時7~8人は妊娠していて、妊娠したのがわかると、セックスはしないようだ。流産なんかで貴重な奴隷に死なれては困る」
「でも、残りだって12~13人もいるじゃない?」
「この世界は、たいまつや焚き火、ロウソクだって高いし、夜、明かりをつけておく理由がない。日が暮れると寝てしまって、日が昇る前に起き出す。日が暮れたあと、やることはセックスが主な娯楽だが、12~13人相手に3P?とか毎晩できるわけじゃない。だから、アブドゥラとナルセスが俺の代わりにお相手をするようだ。玉なし竿ありだから、性交はできる。ガキはできないから、産まれたガキは俺のガキという仕組みらしい」
「ムラーに文句を言っても仕方がないけど、スゴイ世界だわ」
「非常に興味深い。20世紀、21世紀の世界も面白かったが、紀元前の世界も面白いもんだよ」
「あ!それから、ムラ―、言いにくいんだけど・・・」
「知性体に対して言いにくいもなにもあるもんかね」
「え~っとね、トイレに行ったんだけど、大きい方・・・それで、個室なんかないのは仕方がないけど、私が便座に座ると、8歳くらいの女の子が、素焼きのツボと、あれは海綿のスポンジかな?それらを持って跪いているの。出てって欲しいと思ったら、この体のエミーが頭の中で『常識じゃん!その奴隷の女の子はあんたの下の始末をするためにいるんだよ!』って言うのよ」
「ワハハハハハ、それで絵美は女の子にケツを拭われたんだな?」」
「笑い事じゃないわよ」
「そうか。俺もそうされるのは、なんかイヤだな」
「ムラ―、ウォシュレットを作れとは言わないけど、なんとかならない?中国では紙は既に発明されていると思うけど、まさかお尻を拭くような工業製品の紙はこの世界にない。パピルスはあるんだろうけど、葦の茎でお尻を拭いたら赤むくれになっちゃうわ。どうにかしてよ!」
「まあ、この世界で居心地よく過ごすには、工夫が必要だな。幸い、公共水道はあるようだから、高架水槽を作らせて、重力方式で、ウォシュレットとはいかないが、ケツを洗う水栓を作るか。明かりも獣の脂じゃあ臭い。たぶん、近くに天然の原油が湧き出す場所がある。それを蒸留して、灯油を作ろう」
「さすが、知性体!」
「ダウンサイジングして人類の体に実体化した知性体のプローブユニットだって言ってるだろう?機能限定されているから、本体と違ってなんでもできるわけじゃない。この体の属性に制限される。念動力や瞬間移動、テレパシーがちょっとできる程度だ。スーパーマンというわけじゃない。剣で刺されれば死ぬぜ」
「え?念動力や瞬間移動、テレパシー?すごいじゃない!」
「キミだって使えるじゃないか!」
「私が?」
「機能の低い知性だが、使える。練習すれば良い」
「ふ~ん。この体も族長の娘で、戦闘力はありそうだし。いいじゃない、護身術で念動力や瞬間移動、テレパシーが使えるなんて」
「訓練次第だ」
「ところで、この世界、臭い!」
「ああ、臭いな。確かに臭い。この時代にも石鹸はあるんだ。古代ローマ時代の初めごろ、サポーという丘の神殿で羊を焼いて神に供える風習があった。この羊を火であぶっていて、滴った脂肪が木の灰に混ざって石鹸もどきができた。だからサポー、ソープという。しかし、羊の油だから汚れ落としには良いが、入浴に使えるような代物じゃない。ムラーの丘の家にオリーブの木がある。オリーブオイルと海藻の灰でソープを作ろうか。海水から採った食塩から硫酸ソーダを作って、石灰石と石炭を混ぜて加熱して炭酸ソーダを作れば純度の高い石鹸ができる。香料はレバノン杉やエジプトの白檀、ニッケイ、イリスを混ぜればいいかな?」
「それって、化学実験器具が必要じゃない?」
「この世界でもガラスは既にある。ガラス職人もいるはずだ。耐熱ガラスを作るには・・・ホウ素が必要だな。アラビアにホウ砂があるだろうから、それで耐熱ガラスができれば、ビーカーやフラスコができるだろう。ゴムの木があるはずだから、原始的なゴムチューブもできそうだ」
「私も手伝えそう」
「協力してやろう。え?この体のムラーが、その製品は売れるぜ、金儲けになる、と言っている」
ジュリアがフェニキア語で「旦那様、失礼ですが、さっきからおかしな言葉でその女とお話ですが、コーカサス語ですか?」と言う。
「ああ、ジュリア、そうだよ」
「旦那様、仲がよろしいように見えますが、じゃあ、なんでこの女は旦那様に抱かれないんですかね?この女と寝ないなら、別の女を用意しましょうか?なんなら私でも・・・」とジュリアが体をくねらす。
「絵美、面倒だ。格好だけでも良いから、この部屋で寝てくれ」
「仕方ないわね。でも、ムラ―、知性体でも性欲があるの?」
「実体化した人間の属性に影響されるから、性欲はある。この体は結構セックスは好きなようだ」
「あら?この体のエミーは『ムラーなら初体験しちゃおうかな』とか思ってるわ。この娘も好きものみたいだわ」
「まあ、やる気分じゃないがね」
「わかったわ」
絵美はジュリアに向き直って「ジュリア、私は今晩、旦那さまと寝ます。別の女を準備しなくても結構。あなたも要りません」とフェニキア語で宣言した。ジュリアはムッとしたみたいだ。後でなだめておかないと、絵美と奴隷頭の仲が悪いのは、俺も困る。
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