第5話

「うるさいハエが。俺様の邪魔をするのか?」


喋る妖。聞いたことも見たことものない種だった。


黒い影のヒト。それが奴の姿。


八咫烏隊員の宝田 奏太は、こいつが例の死神かと思った。なぜならここはクラハマ臨海公園だから。そして奏太は二人一組で調査に来ていた。

例外は、仲間が一瞬で塵と化したこと。

突然の襲撃に気づけなかった。探知結界は張っていたのに。

こんなこと今まではあり得なかった。仮にも精鋭部隊であるはずの八咫烏が、一方的に蹂躙された。


こんなこと。


「くそっ……隊長が非番の時に限って、これは……。なんとか生き残って、隊長に……」


仲間の死体を放って、何とか逃げようとする。

それを妖は許さない。


黒い閃光が街路樹を切断し影が道筋を分断した。



「逃げるのかぁ? 仲間を置いてさぁ!!!」


妖が一歩踏み出すごとに、黒い閃光が周りの障害物を破壊する。

逃げ場所は、ない。


「ここまで……か?」


「いいや、ここからだ!! 伏せろ!!」


奏太が絶望でいっぱいなったとき、後方の海のほうから突如、大声が聞こえた。どこかで聞いたことがある気がした……。

唖然とし、藁にも縋る思いで伏せた奏太の頭上を、空間を歪めた様な衝撃と物体が、妖へと一直線で向かっていく。


妖はその物体を片手で止めた。インパクトと同時に衝撃波で地面が拉げる。

物体の正体は、それは人間。ましてや子供であった。


「無事か? 仲間を連れて下がれ、邪魔だ」


いつの間にか真後ろに気配がして振り返ると、シャツにスラックス姿の青年が、そこに立っていた。この男、奏太から見ても、隙だらけだ。だが。

その傍らに、二人の人間が立って、浮いている。彼らは……、人形か?一人は褐色肌の、もう一人は白人のような姿だ。


浮いている時点で人間ではないが、この二人、強すぎる。そして、あの突っ込んでいった子供は?

彼らは何者なのか、それを奏太は分らぬまま、仲間の死体を引きずり、端まで後退した。





間に合った。七観は内心ホッとしていた。

たまには守らなくては、と。


「こいつは本体じゃないな……。黒白、銀に変わって波動掌で散らせ!」

「りょーかい! 銀、出番だ!」


バチン、と回路の切り替わる音。

黒白の顔つき、挙動、声色、総てが切り替わる。


「うぅうあああ!」


野獣のような立ち方になり、構えた両掌に球状の青い塊が形成される。


「ぐがああああああ!!」


放たれる擦れた咆哮。

青い球体を影に押し付ける。円形の衝撃波が幾本も現れ、靄を押しのけた。すると、鈍いヒスイ色の円柱状の結晶核が姿を現す。

これこそこいつの依り代であり、偽物の正体。


すかさず銀が、地面から轢ききる様に掌を水平にし上方に向けて結晶核を切り裂いた。空間に一直線の赤い閃光が走る。(キンッという鋭い音が鳴った)

これは『天覚流 極圏』という技。要はチョップだが、違いは『気』で腕を超加速と硬化させている点だろうか。


結晶核はなすすべもなく裂かれ、鈍い光をなくし、地に落ちる。靄もそれに伴い晴れていく。


「白界、広域探査!!」


七観はすかさず、人形に命じる。呼ばれた人形、白界は、金髪の白人の女性のような見た目で巫女のような姿をしていた。

白界は歌うように一定の音を口ずさむ。周りの草木が揺れ、共鳴する。


「本命、見つけた! 叩き込め! 黒鈺!!」


褐色肌の黒鈺が、拳を固く握りしめ浮遊したまま、西方に直進する。

そのまま何も見えない空間に握り拳を叩き込んだ。(パキンという、ガラスの割れる音)空間に罅が入り、亜空間に腕がめり込んだように見える。


「俺様を見つけるか! 人間!!」


罅割れた空間が広がって声があたりに響き、鳥類のような大きな黒い片翼を持つ人型の妖が姿を現した。


「黒鈺、『錠印+墨 大篝』!」


七観の声。

黒鈺が大きく飛び下がり、両手を合わせ、指先を妖に向ける。空間に印が浮かび、黒い墨が両掌を包み込み、鋭い槍先へと姿を変える。槍身が腕まで到達していた。


「撃ち込め!!」


七観の指令が飛ぶ。

黒鈺の顔が少し歪む。槍が妖に向けて発射され、肘より前の腕が反動で上方にかち上がる。墨の大槍は凄まじい速度で妖に向かっていく。

妖は片翼を体に巻き付け、防ぐらしかった。

槍先は勢いよく翼面に突き刺さるかと思いきや、散って周りに墨はべちゃべちゃと飛び散る。妖の体が墨まみれになった。


「クハッ! 俺様にかかれば……!」


「馬鹿かお前は。黒鈺、『錠印 加重 多々良』」


「ッッ!!??」


飛び散った墨の全てに恐ろしいまでの重さが宿り、妖を周辺の地面ごと押しつぶした。地面は陥没し、まるで大地震でも起こったかのようだ。


「この程度、で、俺様が、」


妖が穴の奥底で呻く。


「だろうね、だから。黒鈺、『墨 天蓋 加速+加重』」


大きく陥没した巨大な穴の上に張られた墨の天蓋が追い打ちのごとく落下する。ぐちゃりと何か擦り潰れる音がして、ばしゃ、と溶けるような音が響き、静かになった。

七観は息を深く吐き、草煙草に火をつけ、大穴に落とした。

落とした煙草はゆらゆらと落ちていき、底に落下すると、赤い色の混じった墨に引火し大きく炎上した。

燃える大穴を見ながら、七観が振り返り、端を見やる。


「お祓い、完了。ってね。しかしながら、此奴も偽物とは……。さて、八咫烏の子は……」


仲間の遺体をそばに置いた男は何も言わない。俯いているだけだ。

様子がおかしい、これは……。


「おい、まさか……」


「ギギギ、ギェエエエエエエ!!!!」


突如として男が叫ぶ。体が弾け、蜘蛛のような姿の異形へと変態した。


「異形化だと?! 遺体の死気に当てられたのか!? それにしては早すぎる。さっきの妖の呪いかッ!! クソがッ!!!」


「ギュギャアアアアア!!」


「ッ。許せよ。防衛省特別処理部隊 阿修羅がお前を埋葬する!」


七観が構えると、黒鈺と白界が前に出る。


結局救えなかった。黒い深い念が七観の心を底へ底へと落としていった。

これから行う行為は弔いでもない。ただのお勤めであり、ただの仕事。


そこに呵責はなく、ただ、事実が残るだけなのだ。

これが阿修羅として任命された七観のお勤めである。地獄のような人殺しなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る