妖精王女の『スカアハ』号 ーー免官された俺を拾ったのは妖精国のじゃじゃ馬王女でした(旧・冲天の姫君)
伊佐良シヅキ
序章 新しい居場所
第1話 ユフ=ハウェイズの免官
かつて、此の地は人の女神と竜の女神が暮らしていた。
二対の女神は自分たちの血と肉を分け、似姿たちを作り、それを自らの子として慈しみ育てた。
ある時、此の地に天から
箒星は二対の女神を殺め、引き裂かれたその身体は箒星の欠片と混じり、歪な似姿を作り上げた。
それ以来此の地を
そして女神たちの生み出した似姿は人と賢竜、箒星の欠片に引き裂かれ生まれた似姿を亜人と亜竜と呼ぶようになったのだ。
*
「ユフ=ハウェイズ一等尉官。本日付を以て貴官のエゼルベシア空中艦隊の軍籍を抹消する」
半円形の議室にその声がいんいんと響き渡る。窓から差す光のせいで、窓際のテーブルでそう宣言した議長の一等佐官の顔も俺にはよく見えない。
法廷で処刑宣告を受けたものの気持ちが今の俺には痛いほどにわかった。
身から出た錆。自分の起こしたこととは言え、自分の未来が閉ざされると言うことを他人から宣告されると言うのは、こんなにも絶望的な気持ちにさせられるのか。
――いや、今首に縄が括られ、絞首台の穴が開くならどんなに良かったことだろう。
何より吐き気と胸の締まりが収まらないのは、エゼルベシア空中艦隊の軍籍を抹消されるだけのことであると言うことで、ユフ=ハウェイズという人間は何もかもを失ったまま生きることを強いられ、この世界に放り出されると言うことだ。
それなら俺は、死を受け入れたい気分だった。
「……承服しかねます」
口から言葉が漏れる。
それがこの状況に対しての、本心の言葉だった。
こんな状況になっておきながら、行儀良く取り繕う必要もない。
「何故かね、ハウェイズ一尉」
「私には軍籍抹消に至るような落ち度がないからです」
「ハウェイズ! 貴様はこの処分が下ってもまだ口答えするというのか!」
議長の右の席に座った白髪に獅子髭の将官が甲高い声で俺を怒鳴りつける。
「ラストラ四将。私は間違ったことは何も申し上げておりません」
獅子髭の将官――アガート=ラストラ四等将官は奥歯を噛みしめ、獅子の様に噛みつかんとしている。噛みつくべきは俺ではなく、あの艦を作った側だろうに。
「巡空艦『ディオーネ』の飛竜との衝突による座礁は、『ディオーネ』の構造欠陥とラストラ四将の操艦ミスによるものであり、私の助言を聞き入れなかったからです」
「その報告書を新聞紙上で抗弁し、軍内部の扇動と分断を
ラストラの隣に座るまだらな茶髪をした面長の佐官、マーカス=ディレン一佐は俺を冷ややかな眼と硬質な声で返した。
「それは、やり過ぎたとは思っています」
とまで言うと、俺はさらに続ける。
「しかし、それは報告書の再発防止や原因について全くなっていなかったことがなければ、そうなりませんでした」
「だからと言って君が強硬手段を執る必要はあったのか」
「ありませんが、『ディオーネ』の構造欠陥を放っておくのは危険だと思って、迅速に事を起こすにはこれしかないと思いました。やり過ぎたとは思っていますが、これ以外の手段は国王陛下か元帥閣下への上奏しかありませんでした故」
あえてふてぶてしい声色を作って、ラストラを挑発するように言う俺。胸を締める思いと吐き気は止まらないが、一方でもうこれで最後だと、装うことなく全てを露悪的にぶちまける気にもなった。
空中艦隊に残りたいと言う心と、もう戻れないという確信の二律背反が俺を突き動かす。
「『ディオーネ』の欠陥は良い! 将官や組織批判は何なのだ!」
「座礁事故の際に私の提言を受け入れず、報告書で行った提言記述も削除されたことにあります! 上層部に揉み消される組織など批判に値します!」
「信頼に足らぬ提言であったから退けたまでだ! 差し出がましいのだ貴様は!」
「差し出がましくて結構です! 強硬手段を執ったことの罪は認めますが、そもそもの原因を改めず、私を処分することで収めようとする態度に承服しかねます!」
「この……!」
俺とラストラの言い争いを遮るように議長の一佐がかん、かん、と手元の槌を鳴らす。
「双方の言い分はもう何度も吟味している。これ以上の議論は不用だ――ハウェイズ一尉。君の抗命もこれ以上続けるようならばより重い官位剥奪ともなるが、宜しいかな」
「……心得ました。これ以上は口を挟まないこととします」
本当は抗弁を続けたかった。
『ディオーネ』の抱えた欠陥は早晩解決するものではないし、軍令部はあれと同じ機関を積んだ飛空艦を数多く造ろうとしている。
魔女の国の『
あれは文字通りの禍を孕んで飛ぶ艦だと解っていたはずなのに、と言ってやりたかった。
しかしここでそれを吼えたところで何の解決にもならないし、今の一等尉官の官位剥奪まで行われたらこれから先の俺の人生は本当に何も無くなる。
今すぐ絞首台へと送って欲しいと思っているのに、この先のことを考えるだなんて。本当に矛盾している。
「では、先の通りにこの件の最終決定はユフ=ハウェイズ一等尉官の軍籍抹消処分とします。ハウェイズ一等尉官は今後一年間の官職復帰を禁じ、また不服を新聞紙面等で公表した場合は官位剥奪と生涯の官職復帰を禁じます。宜しいですか」
「――承服致しました。ユフ=ハウェイズ一等尉官。当件の責任を持ちエゼルベシア空中艦隊の軍籍抹消を受け入れます」
礼をしたまま引きずるような調子で声を発する。本当ならこんなことを言いたくも無いのに、言わされてしまっている自分が本当に嫌だった。
華々しく散ってやろうと思っているのに、未来を案じる臆病な自分が必死になってそう言わせているのに腹が立った。
畜生。見ていろ。
俺は目だけを上げて、高官たちを睨む。
これで終わらないぞ。士官として飛空艦に乗ることは俺の全てなんだ。
いつか軍籍だって取り返してやる。そしてこの屈辱を雪いでやるのだ。
軍服の徽章と階級章――自分が空中艦隊の軍人である証を外し、一等佐官のテーブルへと返すと、一等佐官はこくりと頷く。
ラストラはその様子を不遜に、ディレンは口を真一文字に結んで俺の様子を眺めていた。
一体何が言いたいのだ。こいつらは。
再び一礼して、一等佐官の方を向いて「失礼いたします」と口にして、踵を返す。
そのまま会議室を出て行くと、濃紺色の軍服の前を開けて、廊下をわざと靴音を立てながら空中艦隊庁の玄関ホールへと足を向けた。
もはや軍籍を剥奪された身だ。今さら襟を正して紳士的に振る舞う必要など無い。
そこに一人の兵士が向かってくる。その容姿には見覚えがある。
「ユフ=ハウェイズ様、エミリア=ハウェイズ三将がお呼びです」
俺は首を横に振り、皮肉げな笑みを浮かべて母の従兵に向かって言う。
「母上には適当に言っといてくれ。俺はこれから用事があるんだ」
しかし、と口にして俺を引き留めようとする従兵に苛立ちを覚えながら、俺はより強い歩調で玄関ホールまで向かう。
「これからは好きにやらせてもらうだけだ」
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