閑話 旧陸軍高木研究所

「ドクター。結局、どうされるんです?組織からは、有無言わさず処分しろって言われているんですが」

 金髪の男は、眼鏡をかけた中年の男に、苦笑交じりに尋ねる。

「彼女は有能だ。彼女くらい才覚があれば、きっと新たな器の候補にもなれるはずだ。組織に引き入れたい人材だと、私は思う。君が仕留めそこなったのも、きっと神のご意思だ。彼女を引き入れよというね」

 中年の男は煙草をふかし、灰皿に煙草を置く。そして、ワインを一口飲む。

「少なくとも、ここは引き払わないといけないですね。彼女。恐らく、色々見てしまっていますしね。明日夜、ここの港にウラジオストク行きの貨物船が到着しますんで、ドクターは手筈通りに。実験体も必ず連れてきてください」

「ミハエル君。その貨物船だが、一人増えても乗船できるかね」

「ドクター。どれほど彼女にご執心なんですか。まぁ、人形一体くらいは載る程度のスペースは確保してありますよ」

「君。人形というのは失礼ではないかね」

「これは、そのままの意味ですよ。生死は問わないというね」

 ミハエルと呼ばれた男は無表情のまま中年の男に伝えた。


 金髪の男はヘッドセットを装着して、チューナーのつまみを操作していた。

「ミハエル君。例のYoutuberの機材は見つかったのかね?」

 中年の男は、思いついたかのように金髪の男に声をかけた。

「いえ。結局見つかっていません。何者かに先を越されてしまったようで。SNSの工作は続けていますが」

「まったく、使えん男だ」

 中年の男はワインをさらにあおる。

「機関のやつらじゃなきゃいいんですがね。機関の裏切り者のドクターは詰めが甘いから」

 金髪の男はヘッドセットから聞こえる音に耳を澄ませながら、ひるまずに反論する。

「あ、そうそう。もし、明日、彼女が逃亡したり、警察を呼ぶようであれば、この場所と、あの旅館のマイクロバスを爆散させる予定です。いいですよね?ドクターのわがままに付き合うのもこれが最後です。組織の命令はあくまでも処分しろですからね。はき違えないようにお願いします」

 金髪の男はチューナーで別のチャンネルに切り替えて、耳を澄ませる。

「今は、談話室にいるみたいですね。ドクターも聞きますか?」

 男はヘッドセットを外して、スピーカーに切り替えた。


 スピーカーからは、女性の澄んだ美しい声が流れる。

「オケアヌス河の流れを後にした船は、……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る