第二十八話 高木駅 side:佐藤栞里
朝のミハエルさんの一件で、私と鈴木君は大山先生と共に警察署に行った。
大山先生が上手く説明してくれたようで、私たちは、いくつかの質問だけで解放された。
大野旅館に帰ってくると、卜井さんや遠藤さん、飯田君がすぐに駆け寄ってきて、大丈夫でしたかとか、怪我はないですかとか、色々聞いてきてくれた。
私は心配させまいといつも通り、元気よく「うん。大丈夫。大山先生に鈴木君がいたからね」と、鈴木君にも聞こえるように言った。
美月先生は、今まで見たこともないような心配そうな顔で、
「七瀬先生は、大丈夫だった?」
と尋ねてきた。
いつも飄々としていて、余裕綽々な感じだったので私は驚いた。
「一悶着あったようですが、怪我はなく、元気そうでしたよ。ただ、警察署に行って、色々と聞かれているようなので、そこは心配ですが」
私の言葉に美月先生の表情は和らぎ、スマートフォンを取り出すやいなや、ニヤッとして、七瀬先生に何やらメッセージを送ったようだった。
そして、
「大山先生。この子達は私が責任を持って送り届けるので、先生は七瀬先生をお願いします」
と美月先生は、いつものハキハキとした口調で大山先生に告げた。
結局、七瀬先生は事情聴取が長引いているようで、昼前になっても帰ってこなくて、私達は番頭さんの運転するマイクロバスで帰路につくことになった。
本当に大変な合宿だった。
盗聴されるわ、七瀬先生の命が狙われるわ、脅されるわで、まるでスパイ映画のような緊張感のある非日常。
こんな非日常は、二度とゴメンだ。
私はマイクロバスの窓越しに海を眺めながら、そう思った。
高木の海は太陽の光を浴びてキラキラ輝いていて、漁船が海上をゆっくりと動いている。
後ろの席を見ると、仲良く寝ている遠藤さんと卜井さんの姿が、そして通路を挟んだ席には、一緒にゲームを楽しんでいる物部君と飯田君の姿があった。
私と同じ列の通路の向こう側には、鈴木君が座っていて、いつもと同じように本を読んでいる。
鈴木君は、変わらないな、と思いつつ、合宿を通して親睦が深まったのは良かったと思う。
何だかんだで飯田君が物部君と打ち解けたのは良かったし、一年生の女子たちと飯田君の仲はそこまで悪いこともなさそうだ。これなら、私たちが抜けた後も、きっと。
マイクロバスは高木駅前に到着した。
私たちは改札を抜けて、ホームにたどり着く。
次の電車まで三十分。
卜井さんと遠藤さんは連れ立ってトイレに行った。美月先生は飲み物を買いに構内のコンビニに行き、飯田君と物部君は離れたベンチでゲームをしている。
私の隣に鈴木君が座っている。
顔が熱を帯びて、鼓動が速くなる。
「あのさ、朔くん。聞いてほしいんだけど」
私はそう言って切り出そうとした。
「あの、栞里ちゃん。大事な話があるんだ」
鈴木君が本を閉じて、真剣な目で私を見つめる。
「はい」
私は思わず、姿勢を正してしまう。
まさか、鈴木君から?
鼓動がさらに速くなり、耳まで火照ってくる。
「実は、進路変更しようと思うんだ。大城大学から東京の大学へ」
鈴木君はいたって真面目だ。
でも、これって、つまり。
「ちゃんと勉強しないといけないし、合格したら地元から離れなきゃいけない。これまで通り近所で気軽に会う事も無くなると思う。幼なじみには言っておかないといけないなと思って」
鈴木君、いや、朔くんが離れてしまう。
これは、この機会を逃すと告白のタイミングが無くなってしまうということ。
でも、朔くんが欲しい言葉は、私の告白ではない。
「大丈夫。朔くんなら、合格出来るよ。信じてる」
なんて臆病なんだと、自分を責めつつも、精一杯の笑顔を作る。
「ありがとう。栞里ちゃん、頑張るよ」
朔くんは笑顔になる。
「私も頑張らないとな」
朔くんの笑顔につられて私の心の声が漏れる。
「何を」
朔くんは真顔で聞いてくる。
この男は肝心なところで鈍い。昔からそうだったではないか。
私は少し呆れ、平常心に戻る。
「何でも。それよりもさ、明後日の初詣、一緒に行こうよ。朔くんの合格祈願も兼ねてさ。約束だよ」
私は元気いっぱいに約束を取り付けた。
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