能力者たちの挽歌

ぽざ☆うね

プロローグ

「全員退避させて! もうこれ以上ノーマルや低レベルをここに置けない!」


 黒髪ポニーテールの少女、星合ほしあい琴音ことねが指揮所へと駆け込んでくる。


 状況は想定していたものの中でも、最も悪いものに近づいている。


「わかった。しかるべき指示を出す。そうなれば僕もここにはいられない。残りの指揮権をキミに移譲するが、いいか?」


 琴音の言をまっすぐに受け止めるのは、公安特別部能力者対策課「ピース・ビルド」の指揮官として四年目となる、緋崎ひざき将星しょうせいだ。


 若くしてこのチームのトップについてから、はや四年。初期のころにこの星合琴音、そして双子姉妹の妹にあたる星合優理音まりねを能力者捜査官として招き入れた本人だ。


優理音まりねクンはどうした」


「今、現場の維持をしてます! あたしも加わってここを収めないと! だから、みんな早く逃げて!」


 落ち着いている緋崎に対して、現場から飛んできた琴音の様相は急ぎ、慌てている様子がある。その状況を見て緋崎は緊急を感知した。


「わかった。全員即刻避難だ! 待機させてあるヘリに分譲しろ! 数キロは遠ざかれ! 指揮ヘリは現場が見えるところまで退避すればホバリングだ! 燃料の限りだ! すぐに動け!」


 緋崎の一声で、一気に人々が動き出した。順次ヘリが飛び立ち、数分後には指揮所にいるのは琴音と緋崎のみとなっている。


「管理官も早く!」


 琴音は他の連中より明らかに落ち着き払っている緋崎にも、行動を促す。


「わかっている。あとはキミたちに任せるしかないが、大丈夫、なのか?」


 緋崎は星合姉妹を信頼している。これまでも数多の事件解決に手腕を発揮し、生き残っている二人だ。そのレベルも腕も判断能力も、全てにおいて替えの利かない存在だった。


 しかし、だからこそこの現場の結末には不安が残っていた。


「大丈夫だよ、あたしたちは帰ってきます。帰ってこないと、この先を見ることができないじゃないですか」


「そう、だな。キミらがいてこそ、この先の世界だ。だが、それは同時に君たちの身の安全を脅かすことになる。そう、今日のようにな」


「あたしたちだけじゃないです。周囲の人々だって巻き込まれてしまいます」


 その会話の合間にも、ドオン、という爆発音が響いてくる。


 ここは港湾地区の中でもかなり商業施設や住居施設に近い、開発施設の一角だ。


 この地が吹き飛びでもしたら、貯蔵物の拡散被害も含めて、数万人が死ぬとも言われている。


「あたしたちはそれらを守るためにここにいます。それに、万が一、いいえ、億が一の時のために、治療魔法師ヒール・ウィッチも来てるんだから」


「そうだな。世界最高峰の彼女なら、いざというときに被害を減らせるし、キミたちすら救うだろう。だが」


 緋崎の切った言葉を継いで琴音は頷く。


「そうはさせない、だよ。あたしたちを消すなんて、そう簡単にはさせない」


 言って、琴音は緋崎をヘリに押し込み離陸させ、ふい、と現場の方に顔を向ける。


「やらせるものか。優理音待ってて!」


 琴音はすぐに大地を蹴る。


 その体は何かに支えられるかのように高く空中を舞い、あっという間に大きな距離を移動するのだった。






優理音まりね! お待たせ! 状況を!」


 わずか十秒ほどで琴音は優理音まりねに合流する。空に浮かんでいる優理音まりねとともに、同じ空間で接した。


「変わらずよ! 収めるためにはちょっと荒療治がいるかも」


 星合優理音ほしあい まりねは琴音の双子姉妹の妹分だ。容姿はほぼ同じだが、ポニーテールにしている琴音と違って、髪をそのままおろしている上に、眼鏡をかけているので、普段の識別は容易だった。 


 琴音と優理音まりねはこの世界、能力者と非能力者に分かれつつ、またそれぞれの社会において分裂が進んでいる中で、能力者の部類に入る。だからこそ、能力者捜査官として、社会組織の中に身を置いているのだ。


 そこには夢も希望も目的もあった。


 だが、すでに数年この場所に立ちながら、見聞きして経験するものはその対極にあったのだ。


「それにしても、なんでこんなコンビナートを」


 琴音は目の前に広がる広大な敷地に広がる炎や噴煙を見下ろす。


「施設としても大きいけど、問題は保有している備蓄内容だよね」


 優理音まりねも琴音の言葉を受けてそう言った。


 コンビナートと言えば、燃料備蓄も多々あり、大きなホエールドームタンクが並んでいることもある。


 確かにそれらも見えはするが、それらはただ爆発するだけだ。その破壊力は尋常ではないものの、やるべき活動は消化と延焼防止になる。


 だが、そこから誘爆して外に広がるとまずい物質が、そこにはあった。


「まだ、いってないよね?」


「シルフィールとグノームスのコントロールと防御で防いでるけど、火勢が強くなってきてる。琴音、よろしく」


「おけ。サラマンドル! 火勢Fire 制御Control!」


 琴音の《ワード》が発動すると、周囲に光芒が発生する。それは一瞬で眼下に広がる火災現場を包み込み、一気に火勢を沈めていく。


 消火には至らないものの、延焼を防ぎ、その場で燃え盛る炎に限定されていった。


「相変わらずだね、琴音。一瞬じゃない」


「優理音の防御だってすごいよ。それがなかったらもう終わってた」


 様相だけ見ると、明らかに鎮圧の前に見える。炎の勢いは小さくなり、消火に動けば抑え込めそうに思える。


 だが、そうはいかなかった。


 まず、消火隊がこの地に足を踏み入れることはもはやできない。


 大きく拡散はしていないものの、この地にはすでにアレが堆積している。それを浴びれば、普通の人はひとたまりもないのだ。


「まったく、なんであんなもの作ってんのかな」


 琴音は、その問題のモノについてひと吐きする。


「いろんな考えの人がいる、って事じゃないかな」


 優理音まりねがそれをつなぐ。


 ここにあるモノ。それは、このコンビナート全体を維持する巨大な組織のトップにあたる人物が作ろうとしていたものだ。


 それが完成すれば、全人類が高度な能力者として再生する、という理想の元に作られている化学物質だ。


 だが、失敗の連続だった。


 今回の爆発が起こるまでは表に出ていなかったが、実際には死者まで出ている危険物となり果てていた。


 故に、ピース・ビルドの中でも最高の特務部隊に名を連ねる星合姉妹に鎮圧の任務が入ったのだ。


「なんであたしたちなのかな」


「無理でしょ、あたしたちでないと」


「それもそれでなんだかなあ」


 琴音のボヤキと優理音のツッコミ。いつものパターンだった。


 ここで改めて存在が確認されたその化学物質は、制作者の間では『魔陣薬』と呼ばれていた。非能力者から見たときに、能力者は『魔』に見えるのかもしれない。そして、実際にこの業火の現場の空中に佇むことができる琴音と優理音を見れば、それが『人として存在しえないもの』と見える人もいるのだろう。それくらい、能力者自身のレベルやスキルが上がるにつれて、人から離れていく印象があった。


「この薬、何のために作ったんだろうね」


 優理音まりねはその薬の存在に不安を抱く。


「さあね、そこはこれからの捜査じゃないかな。まずあたしたちの役目は、被害を出さないこと」


「だね。どうやったらいいかな」


 琴音の答えにうなずきながら、優理音は考える。


 琴音の持つ力は、四大精霊と言われる四人のうち、火のサラマンドルと水のウンディーネ、優理音は、風のシルフィールと大地のグノームスと契約している、精霊能力者だった。


 二人の力は強大で絶大ではある。だが、世間一般の『能力者』というカテゴリの中には存在が記載されていない力でもあった。


「この地の権利に関しては、所有者がもってるよね」


 琴音は広大な土地を見渡してため息をつく。


「いくらするんだろうねえ」


 個人レベルの資産で賄えるとは思えない広さだ。事件処理とはいえ、琴音はそれをやっていいのかどうか判断しかねていた。


「責任は緋崎さんがとるって言ってたわよ? あたしたちにできることがあって、それを成すことができるというなら、それは、その方法しかなかったって事だから」


 優理音まりねは琴音の不安を払拭するように微笑む。琴音はそれを見て頷いた。


優理音まりねの方の調査は返ってきてる?」


「OKよ。照らし合わせましょう」


 二人はそれぞれの精霊力を使って、地水火風の部分での状況調査をしていた。それは精霊たちが見てきた状況であり、そこから被害を抑えるための方策を考えるデータでもあった。


「ふーむ、なるほど」


「けっこう……荒療治だね……」


 琴音と優理音まりねは照らし合わせた結果と精霊たちの判断を知って悩む。


「これ、もうかなり被害出てるんだ。となると、この方法がベター、って事か」


「だね。これでも完璧かって言われると、自信のある説明はできないかなあ。琴音、やっちゃう?」


「やるしかなし、だろなあ。ごめんやで緋崎さん」


 琴音は優理音まりねの言に乗りながら、最終的にこの状況の責任を背負わされる上司、緋崎将星に謝っておく。


「じゃあもう一度確認ね。水質汚染は進んでるので、この土地下部の海部分含めて埋めて閉鎖。外洋への汚染漏れしてる部分は、ウンディーネが清浄にしてくれる。汚染海域含めての埋設はグノームスの力で。延焼していってる炎鎮圧はサラマンドルがやってくれる。全鎮圧終了後に、シルフィールが聖風によって全域浄化し、魔陣薬の万が一の残留や拡散を防いで全域清浄の完了とする。でいいかな?」


 琴音が全工程を要約して口に出す。二人の力をまんべんなく、そして、拮抗して整合させていかなくてはならなかった。


「オッケーだよ。じゃあ、行こうか、琴音」


 優理音まりねもそれに了承を出す。行程としてはベターな範囲だ。この作業にベストはない、と判断してはいた。


 世の中にはやってみなくてはわからないこともある。特に、能力関係においてはその部分が強い。


 万が一、どこかに見落としがあれば、それは自分に返ってくる。能力負荷の逆激だったり、予想外の災害の発生なり。


 それで命を落とす能力者も時にはいて、それは、正義にも悪にも起こる話だった。


「大丈夫だよ、琴姉え、優理まり姉え。私がきちんと見てる。あなたたちをこの世界から失わせるなんて、しないから」


 ふと、二人の後方から声がした。琴音と優理音はその存在を知っていて、振り返る。


「ひ……じゃないや、サジちゃんじゃん」


「後ろから守ってもらえる最強の人、になったね。最高だよ」


 琴音と優理音まりねは微笑み返す。


 世界でも最高峰レベルと言われる『治療魔法師ヒール・ウィッチ』が、彼女だ。能力者のとある業界においての不文律で、魔法師名が『サジタリウス』となっている。故に、彼女の正体は不明とされていた。


「よし、行くか、優理音まりね


「いいよ、琴音」


 二人は再度コンタクトを取り直し、いよいよこの魔の地の浄化と封印に動き始める。


「サラマンドル! この地に見える炎のすべてを沈下せよ!《沈火術 Sinking Fire!!》」


 琴音が右手を高々と天に掲げて叫ぶ。


「グノームス! 湾岸に至る海に面した地を埋設せよ! さらに、汚染可能性のある地をすべて深き所へ導け! 《大規模沈降Large Scale Sedimentation!》」


 続いて優理音まりねが埋設を設定する。


 その瞬間、台地が動いた。かなりの広域地域の地盤が一気に沈降し、同時に火は制圧されていく。ゆっくりと沈んでいくように見える台地だが、それは広すぎるからにすぎない。実際にはあり得ないスピードで広い範囲が沈降している。


「ウンディーネ! 汚染範囲の海水、地下水、その他あらゆる水分を除去せよ! この世界に残すな! 《清浄液化Clean liquefaction!》」


 大地の沈降とともに高く跳ね上がろうとする海水やその他の液化成分は、次々と消失していく。ウンディーネがこの世界から除去しているのだった。どこに行くのかは琴音も知らない。だが、水の精霊たるウンディーネが他の世界を犠牲にするとも思えなかった。通常では処理しきれないであろう量の海水をはじめとした液化状態のものが、次々と制圧され、それが抜けた空間も含めて、グノームスの台地埋設が進んでいく。


「すっごいなあ……私には使えない魔法だあ」


 後ろで星合姉妹の行動を眺めながら、万が一の危険や危機、二人の怪我などに目を見張っていた少女サジタリウスがこの状況に感嘆していた。


 本来優理音まりねですら、琴音に比べれば防御寄りの能力と言われていたが、こうやって後ろから眺めると、自分には到底ない力で、攻防一体の能力だな、とサジタリウスは思う。


 だが、強力な力はその反動も大きい。これだけの広大な地に対して全面鎮圧を測る場合、星合姉妹しかその能力を持たないうえに、超ド級と呼んでもいい能力展開になる。


「はは、すごいや、やっぱり」


 サジタリウスは見る見るうちに制圧されていく荒れた能力場を見て、クスリと笑う。


 自分は確かに成長した、とサジタリウスは感じる。でも、琴音と優理音まりねは、それすらもはるかに超えた存在になりつつあった。


 そして、だからこそ、自分を含めて星合姉妹の周囲を固める存在は、重く、重要なのだな、と考える。


 そう思うと、ほんの少し、時代を遡っていく意識があった。



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