第3話 異界ーエンデー 沈黙の集落
草を踏むたびに、音が遠のいていく。
集落の輪郭が見えてきた。
外壁は無い。
代わりに、細い堀が周囲を巡っている。
水は濁り、流れは鈍い。
それでも、腐ってはいなかった。
最低限の“生”が、まだこの場所に残っている。
ーねぇ修。なんか……静かすぎない?
「ああ。風の音しかしないな」
村の入口には見張りもいない。
ただ、遠くの家の影から視線だけが刺さる。
泥のついた子どもがこちらを見て、すぐに引っ込んだ。
老婆が洗濯物を取り込みながら、警戒するように目を逸らす。
「……歓迎ムードじゃないな」
ーまぁ、知らない人が急に来たら、そりゃそうだよ。
「それにしても、あからさまだ」
ー嫌な感じする?
「する。重い。“空気が閉じてる”」
レイラの声が、静かに耳の奥で響いた。
彼女も同じものを感じているのだろう。
俺は鞄から古びた布を取り出し、マントのように羽織った。
元の服の白が目立ちすぎる。
この世界で浮くのは、あまり良くない。
「……これで多少はマシか」
ー似合ってるよ。ボロでも、ちゃんと“現地化”してる。
「褒められても嬉しくないな」
通りを進む。
石畳はひび割れ、店らしき場所はほとんど閉ざされていた。
かつて市場だったのだろう通りには、
数人の商人が小さな台の上に野菜や干し肉を並べている。
量は少なく、値は高い。
取引というより、生きるための交換。
ー……物が無いね。
「ああ。流通が死んでる。戦争の影響か、宗教の圧か」
ーどっちも、かな。
やがて、通りの突き当たりに建つ大きな建物が見えた。
灰色の石造り、屋根には風で欠けた十字。
正面には、月と剣を組み合わせた紋章が掲げられている。
「……ルナディア教か」
ー月の方、だね。陰を司る神。
「勇者がこちらに付いたんだったな」
ーってことは、敵側の神殿に突っ込もうとしてるわけだ。相変わらずだね、修。
「情報は敵の中にある。動かないと始まらない」
ーほんと、性格出てる。
扉を押して中に入ると、
冷たい空気が頬を撫でた。
内部は静まり返り、蝋燭の炎だけが微かに揺れている。
祭壇には銀の杯と黒い石板。
祈りを捧げる人影は、ひとつもなかった。
そのとき、足音。
「ようこそ、旅の方。……ここは教会です」
振り返ると、灰色の修道服を纏った女性が立っていた。
年の頃は二十代前半。
澄んだ瞳をしているが、笑ってはいなかった。
「あなたは……どちらから、いらしたのですか?」
その言葉の奥に、かすかな“陰”を感じた。
問いの形をしていながら、
まるで“選別”するような響き。
ー……修。
「ああ。聞こえてる」
俺たちは、修道女へ視線を合わせる。
あの瞳に俺たちがどう映っているのか。
ここから、始まる。
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