第20話 ナデシコの正体

「私はアメリカのスパイだ」



 な、なんだってー?



 ——と言いたいところだけど、そこまでの驚きはなかった。

 そうでもないと色々なことの辻褄が合っていないのは、ずっと前から思っていことだ。


 まず第一に──ナデシコは、マイン強奪の極秘ミッションについて知りすぎていた。


 銃で証拠を破壊し、俺のゴーグルをクラッキングしたように見せかけていたが……彼女がトンネル内でゴーグルを手にしていたのは、わずか数分。

 しかも暗闇の中でだ。

 その短時間で、あの精密機器をハッキングし、なおかつ必要な情報だけを抜き出すなど、並大抵の腕では不可能だ。


 偶然を前提とした、行き当たりばったりの破綻した作戦。

 ナデシコがそんな綱渡りをやるはずがない。

 最初からアメリカと通じ、情報を得ていたと考える方が自然だ。


 マリアンヌ博士の件も同じだ。

 彼女がアメリカのスパイであり、UBWでもあること自体は矛盾しない。

 だが冷静に考えれば、スパイがUBWであることに必然性はない。

 敵地にわざわざ貴重なUBWを送り込む必要がどこにある?

 発覚のリスクを思えば、リターンが釣り合わない作戦だ。


 俺はナデシコと自室で交わした会話を思い返す。

 あのとき彼女は、極秘ミッションの不自然さを指摘し、その原因をマリアンヌ博士になすりつけていた。

 もしそのミスリードがなければ、俺はもっと早く、ナデシコの暗躍に気づいていたかもしれない。


「となると、お前のミッションはマインの回収ってとこだな」

「正解」


 ナデシコはようやく気づいた俺を嘲笑するように手をパンパンと叩いた。


「正確には小田原博士、あの変態校長が開発したUBW探知機能を搭載した0号の回収だ。私はUBW探知機能を盗むために潜伏していたのだが、校長のセキュリティを突破できず、どう足掻いても任務を遂行できずにいた。

 ところがだ、ある日いつも通り校長とマリアンヌの暗号通信を傍受して解読していたら、実物のUBWを必要としていることがわかった。これまでは戦地でかき集めたUBWの残骸を使っていたようだが、UBW探知機能を完成させるには本物が欠かせないらしい」


 俺はナデシコの言葉に引っ掛かりを感じた。

 校長はUBWを所持していない……だと?

 だが、マリアンヌ博士は——


「そこで私はとある提案を考えた。UBWを校長の元へ送り込み、実験をその囮に施させる作戦だ。電子プログラム、薬液、装着デバイスなのかすらわからないUBW探知機能を盗み出すより、それを搭載した0号の方がわかりやすく仕事をこなせると踏んだからだ。最悪、失敗したら0号を自爆させて、後から0号だけでも回収するバックアッププランも添えてだ」

「学園で爆発したら、お前も死ぬだろ……」

「そうまで言わないとなかなか意見が通らないものでな。ぬくぬくの学生生活を送っているお前は知らないだろうが、スパイ社会というものは厳しいのだよ」


 同級生なのにやたら偉そうだなとは思っていたが、彼女が本物だとすると納得するしかない。


「ともかくだ、我々は0号を航送する計画の暗号通信を日本政府のスパイ網に傍受させた。日本政府は罠かもしれないと考えて奪取作戦を見送ったが、校長は己の欲に従って行動してくれたってわけだ」


 校長の性癖が敵国のスパイに利用されたのがツボって笑いそうだったが、シリアスな雰囲気をぶち壊してしまいそうだったので抑える。


「お前のおかげで私の任務は成功一歩手前……。いや、もう成功と言っていい段階まできている」

「そうか。それはよかったな。で、なぜ俺にそれを話したんだよ? 隠しておいた方が得だったんじゃないか? まさか俺がみすみすとマインを差し出すような腰抜けにでも見えたのか?」

「おいおいトロイア、常識的に考えろ。私がここでお前に全てを明かす理由なんて一つしかないだろう。まあ、まずは0号を呼んできてくれ」


 俺は立ち上がり、マインが眠っている場所へ戻った。

 彼女は客席ベンチの上で、戦車っ子と肩を並べて添い寝している。まるで本当の姉妹のようで、思わず頬が緩む。


 そっと近づき、ゴムまりのように弾む頬をつんつんと突いてみる。

 柔らかくて、温かくて──間違いなく「生きている人間」の感触だ。


 「うむー……」


 マインは不機嫌そうに唸りながら、ゆっくり体を起こした。

 拳でゴシゴシと目をこすり、俺の顔を見て首をかしげる。


「ナデシコが話をしたいってさ」


 彼女は小さく頷くと、戦車っ子を起こさないように気をつけながらベンチから降りた。

 俺とマインはナデシコの前に並んで座る。

 ナデシコは左足を右太ももに乗せ、前のめりになってこちらを見下ろしていた。

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