第3話 舞花、許しません!

 見知らぬ女子生徒を連れて歩いていると、通りすがっていく生徒たちの視線が自然とこちらへ集まってくる。


 まあ、無理もない。


 あたふたと危なっかしく歩く、意識が朦朧としてそうな女子。

 そんな女子の手を引きながら、男子寮へ向かっている奴を見かけたら、誰もが不純なことを連想するだろう。


 校長室がある第一棟から、男子寮までは歩いて十五分ほど。

 そういうと近そうに聞こえるが、そもそもこの学園は二、三時間で一周できる小さな島だ。

 学園内の移動に、それ以上の時間を費やすことはそうそうない。


 寮までたどり着き、階段を上がって自分の部屋の扉を開け、UBWの少女を引きずり込む。

 運良く、ここに至るまで知人と鉢合わせることはなかった。

 こいつの正体は機密事項なので、説明しろと言われたら面倒なことになる。

 別に嘘をついてもいいのだが、あとあと矛盾を指摘されるリスクもあるし、男子寮に女子を連れ込む行為を正当化する、恥ずかしくない言い訳が一つも思いつかない。


 ……まあ、これから一番面倒くさいのに説明するのは避けられないんだがな。


 スパイ育成機関という性質上、生徒の個人情報はすべて機密扱い。

 全員がコードネームで生活している。


 太平洋に浮かぶこの学園はアクセスも難しく、生徒と教員、そして港や空港のスタッフ以外の人間はほとんど足を踏み入れない。

 しかも寮の個室は一人一部屋。

 最低限のプライバシーは保証されている――はずなのだが……


 俺が自室の扉を開けた瞬間、仄かに甘い香りが鼻をくすぐった。

 ……またか。どうやらあいつが菓子を焼いたらしい。


 廊下を抜けて六畳間に入ると、案の定そこには、床に寝そべったぐうたら女。

 クッキーをかじりながら、テレビの激甘昼ドラと、スマホのレトロなシューティングを交互に眺めている。

 彼女は俺に気づくと、くるりとこちらへ振り向き、にぱっと笑みを見せた。


「お兄様! おかえ……どちら様ですか、そのお方は?」


 UBWが彼女の視界に入ると、微笑んだ口はすぐさまひっくり返ってへの字になる。

 俺の部屋には同居人が既に一人いる。

 血の繋がった二歳下の妹、舞花まいかだ。


「人じゃない。超危険な破壊兵器だ」

「そ、そ、そんなことを言っても騙されませんよ! ワタクシというものがありながら……じゃなくて、お兄様のガールフレンドですね?」


 両手をグーにして口元へやり、ブルブルとおさげを震わせている。

 まるで自分の住処を脅かす敵を威嚇している猫のようだ。

 我が妹ながら、正直、ちょっと可愛い。

 本人を直接褒めたら調子に乗るので、絶対に口にはしないが。


「もう本名は明かし合ってしまったんですか? 家族として受け入れるしかないんですか? 妊娠何ヶ月ですか? ワタクシも子育てを手伝わないといけないんですか? というか、ワタクシ、ここに住み続けていいんですか?」

「おいおい、気がはえーよ。少し落ち着け。説明するから」

「おちょくらないでください! ワタクシは子供じゃないんですよ! 男が女を自室に連れ込むことの意味ぐらいわかります!」

「いや、子供だろ。法律的には俺だって、まだギリギリ子供なんだぞ」

「もーう、お兄様はいつも屁理屈ばっかり!」


 舞花はポカポカポカと拳を俺の胸に何度も叩きつけてくる。


「……こ、ここは……どこ……?」


 妹とあれこれ言い合っているうちに、0号の鎮静薬の効き目が切れたようだ。

 彼女はキョロキョロと不安そうにあたりを見回している。

 あの軍艦の中に拉致されていたのが最後の記憶なので、現状に理解が及ばないのは無理もない。


「お、お兄様……。信じたくありませんが、まさか薬漬けにした女の子を無理やり連れ込んだんですか? 意識が飛んでたっぽいですよ」

「どっちかというと、薬漬けにされた女子を押しつけられたが正解だな」

「お兄様、不良とつるむのはやめてくださいとあれほど……」

「不良じゃねーよ。校長だよ。……まあ、似たようなもんか」


 悪どい手口で人様に迷惑をかけている点では、どちらも同じようなものだ。


「あ、あの……」


 二人仲良く口論している俺たちの間に割り込めず、0号は視線を泳がせながらあたふたとしている。


「ああ、悪い。俺はトロイア……まあ、一緒に住むんだし本名も教えていいか。俺はじん。こっちが妹の舞花だ」

「ああ! 本名明かした! やっぱり同棲相手じゃないですか! お兄様、いい加減に全部白状したらどうなんですか?」

「だから違うっつーの……。ややこしくなるから、お前は黙ってろ。ところで、君のことはなんて呼べばいいんだ? 校長は0号って言ってたが、普通の名前もあるんだろ?」


 赤髪の破壊兵器は答えたくなさそうに俯いた。

 でも、俺と舞花が静かに彼女をじーっと見つめていると、諦めたように口を開く。


「名前……で呼ばれたことはないです」

「いや、それじゃ不便だろ。呼びたい時になんて言えばいいのかわからないじゃないか。もし本当に無いのなら、俺が勝手につけるぞ。ボム子とか、ダイナちゃんとか、お前にぴったりなやつをな」

「えっと……、心遣いはありがたいのですが、それはちょっと……」


 ボム子(仮)は助けを乞うように舞花に視線を送る。


「わ、ワタクシにつけて欲しいんですか?」


 ダイナちゃん(仮)はうんと頷いた。


「普段は気怠げなダメ人間ぶってるくせに、実際はただのクソ真面目くんでつまらないお兄様には、センスというものが一欠片もありませんからね。わかりました。お任せください」


 俺のネーミングセンスってまともじゃないのか?

 わかりやすくて可愛いと思ったんだけどな。

 女心は難しい。

 まあ、こいつは見た目が女なだけで、本当に女として分類していいのかわからないけど。


「では、お名前をマインにするのはどうですか? 舞花の『マイ』と甚の『ン』を取ってくっつけました」

「マイン……」


 安直でつまらないから却下と言おうとしたが、当の本人は気に入っているのか、その名前を何度も繰り返し口にしている。

 とても否定的な意見を出せる雰囲気ではなかった。

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