13.クラスメイト

 翌日、正門前。


「おはようございます!」


 風紀委員は今日も、元気に朝の身だしなみチェックに励んでいる。

 ふと、白石さんと目が合った。

 しかし彼女は、いつもと違ってすぐに俺から目を離した。


 ……昨日、彼女に膝枕をしてもらってから、俺は彼女の膝の上で仰向けになっているし、彼女は地べたに座っているしで……結局、勉強は碌に進まなかった。

 ついでに、その時の甘い雰囲気が手伝って、帰り道、俺達は碌な会話もすることが出来なかった。


 多分、白石さんが今、俺から恥ずかしそうに目を逸らしたのは、未だ昨日の雰囲気に吞まれているせいなのだろう。

 少しだけ有難い。

 昨日の遅れを取り戻す意味でも、今日は勉強に集中したかった。


「槇原さん、ちょっと待ちなさい」

「は、はいっ!」


 聞き覚えのある声に呼び止められて、俺は背筋を伸ばした。

 声のした方向を振り返ると、そこにいたのは、峰岸さん。


「……み、峰岸さんだっけ? 何かな?」

「……身だしなみチェックです。悪いですか?」


 先日、彼女は俺への監視の目を強めるべきだと発言していた。

 今日、白石さんは訳あって俺に接触していかない。

 そんな状況を鑑みて、峰岸さんは自分が身だしなみチェックするべく、接近してきたのだろう。


「まずは頭髪……やっぱり髪色、明るくないですか?」

「地毛です」

「本当に?」

「はい」

「むーん……」


 峰岸さんは不服そうだが、地毛ではないも証拠ないから、これ以上の詰問はしないつもりのようだ。


「じゃあ、制服の着崩し……とかはないですね」

「当然」

「靴の履き方……も、問題なし」


 ……ち。


「他にも……確かに、問題ないですね」


 ちゃんと風紀委員の仕事をしているっ!

 どっかの誰かと違って、ちゃんと身だしなみチェックをしている!


 偉いなぁ。

 真面目だなぁ。

 私見を交えるどっかの誰かにも見習ってほしいなぁ。


「これも、白石会長のご指導のおかげということですかね?」

「……まあ、ある意味、そうかもしれない」


 癪だけど、そういうことにしておこう。


「……ただ、もっと誇っていいと思いますよ?」

「え?」

「白石会長にどれ程きつく指導されたと言っても、人というものは自分が変わろうと思わないと変われないものです。あなたは、自分の非を認めて、変わる努力をした。だから、あたしのチェックも潜り抜けることが出来た」


 ……まあ、入学時から今まで、俺は一貫して身だしなみを乱したことなんてないけどな。


「だから……こ、これからも続けるようにしてくださいっ! それだけです」

「……あはは」


 頬を染めてそっぽを向く峰岸さんに対して、俺は苦笑した。


「とりあえず、ありがとう」


 俺は正門を潜り抜けようとした。


「あ、待ちなさい」

「今度は何、峰岸さん」

「……槇原君、テスト勉強はちゃんと進んでいるんですか?」

「え?」

「どうせあなたのことです。ちゃんとやっていないんでしょう」


 ……まあ、白石さんの妨害工作のせいで、順調とは言えない。

 ちなみに、ウチの学校では、学力テストの順位は公表されず、生徒個人にしか開示されない。まあ、生徒間でお互いの順位を知らせ合ったりはするが……俺が通年で学年一位だったことは、教えてないのに何故か知っていた白石さんくらいしか知らないことだろう。


「よ、よかったら……あたしが勉強に付き合ってあげてもいいですよ?」

「え?」

「あなた、あたし達が同じクラスであること、忘れていやしないですよね?」

「勿論」


 勿論、忘れてなんかいなかった。

 知らなかっただけだ。


「……で、どうします?」

「……あー、そうだね」


 ……どうしよう。

 なんと言って断るか、ということに悩んでいるのではない。


 ……さっきからずっとこっちを見ている白石さんが怖いのだ。

 というか白石さん、ハイライトが仕事していないな。


 これは……峰岸さんの誘いに同意しても殺されるし、断っても殺される気がする。

 今、人生最大の詰みを感じている。

 つまり、死にそう。


 死にたくない。

 生きたい。


 今ほど、命の重みを実感した日はない。


「……あー、ごめん。実は先約がいるんだ」

「……そうですか」


 峰岸さんはしょぼんと落ち込んだ。


「ちなみに、どなたです?」

「あそこにいる白石さんだよ」


 急に話を振られた白石さんは目を丸くしていた。


「え……は……? え……?」


 峰岸さんも心底驚いた様子だった。


「ど、どうして白石さんが!?」

「特別指導の一環だよ」


 ……相手が誰か聞かれた時点で、峰岸さんは答えないと引かなそうだし、変な人の名前を出したら、そんな人と勉強するの止めてくださいと言われそうだから素直に名前を出したが、思ったよりも良い反応をもらえた。


「……ああ、そういうことですか」

「うん。本当、彼女にはいつもお世話になりっぱなしだよ」

「だからって……あんまり迷惑をかけたら駄目ですよ?」

「わかってる」


 ……どちらかと言うと、迷惑をかけられているの、俺の方な気がするし。


 それより、これでどうだ?


 峰岸さんの誘いを断りつつ、白石さんとの勉強を尊重しつつ、白石さんの株も保ったぞ。

 白石さんの機嫌も少しは直っただろうか?


 ……白石さんは。


「むー……っ」


 頬を膨らませて怒っていた。何故だっ!

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