テスト勉強する風紀委員長

10.努力の方向性

 白石さんとの充実したGWも終わりを迎えた。

 GWが終わったということはつまり、朝のいつもの陰鬱とした時間が戻ってくるということでもある。

 案の定、正門前ではいつものように風紀委員による身だしなみチェックが行われていた。


「おはようございます、槇原君」


 そして俺は、白石さんに呼び止められる。

 ……あの喧嘩以降、白石さんは人前ではなるべく違反切符を切らないように配慮してくれていた。

 だから、今日呼び止められたことは少しだけ驚いた。


「……何、白石さん」

「……槇原君。おはようございますの返事は、何、じゃないです」


 白石さんは頬を膨らませていた。

 可愛らしい仕草だが、他生徒の目が痛いから、今はそれどころではなかった。


 ……まさか白石さん、挨拶の返事がなってないなんて理由で違反切符は切らないよな?


 恐る恐る白石さんを見ると、彼女は何故か俺に近寄ってきていた。


「デート、また行きましょうね」


 突然の耳打ち。

 

「……そうだね」


 GW中のデートはとても充実していた。だからこそ、こんな有難いことを言ってくれたのだろう。

 まあ、わざわざ周囲に聞こえるかもしれないリスクを取る必要はないと思うけど。


「し、白石会長……! 彼に違反切符を切らないんですかっ!」


 俺達が会話をしていると、正門前で身だしなみチェックをしていた風紀委員の女の子が一人近寄ってきた。


「峰岸さん。……そうですね。今日はおかしなところはありませんから」

「……そんなことないでしょう! 見てくださいよ、あの髪色!」

「あれは地毛です」


 白石さんは微笑みながら返事をした。


 ……まあ、地毛なんだけどさ。

 君、前に一回、俺のこの髪色が地毛であることを知った上で違反切符切ったよね?


「……でも、彼はこの学校一の問題児。監視の目を光らせておかないとっ!」


 ……おおう。

 本人の前で問題児とか言うなよ。

 ショックを受けるだろうが。


「大丈夫です」

「でも……」

「違反切符は切っていませんが……彼には放課後、あたしとの特別指導を受けてもらっていますので」

「……え」

「彼は今、あたしと二人三脚で、更生の道を歩んでいるんです」


 峰岸さんは面食らった顔をしていた。

 ちなみに、俺も面食らった顔をしていた。


 呆れて物も言えなかったからだ。


 白石さん、ついに違反切符を切らずとも、俺と指導室で二人きりになる口実を編み出しやがった……!


 多分、GW中に一生懸命考えたんだろうなぁ。

 違反切符を切らずとも、俺と指導室で二人きりになれる方法を。

 

 そうして、俺を更生させる口実で二人きりになればいいじゃん、と思いついたわけだ。


 いやはやまったく……可愛らしい発想だ。


 ……努力の方向を間違えてなければ、素直に喜ぶことが出来たのに。

 

 そうして放課後。

 俺は更生の道を歩むため、いつも通り指導室の扉を開いた。


「ふぐっ」

「待ってましたよ、槇原君!」


 扉が開くや否や、白石さんが俺の胸に飛び込んできた。

 

「どうでしたかどうでしたか、今朝のあたしの名演技は」

「うん。どうかしていると思ったよ」

「そうでしたかそうでしたか。そんなに褒めないでください」

「わかった。一切褒めてないから安心して」


 白石さんの頭を撫でてあげると、彼女はでへへぇと情けない声をあげていた。


「……前々から思っていたけど、もし俺以外が部屋に入ってきたらどうするつもりなの?」


 白石さんは、俺が扉を開けた瞬間に俺に飛び込んでくる。

 それはつまり、扉が開く前から俺の胸に飛び込めるようスタンバっているということだ。


 もし別の奴の胸に飛び込むことになったら、彼女はどうするつもりなんだろう?


「大丈夫です。人払いはしていますので」

「……そういえばさ、この指導室に他の風紀委員って来ないの?」

「来ません。ここはあたし達の愛の巣なので」

「高校生が言い放つにはきつい字面だぁ」

「風紀委員の方々には、生徒会準備室を使ってもらっています。元々ウチの学校の風紀委員は、生徒会の傘下なんですよね」

「へえ……え、じゃあこの部屋なんなの?」

「この部屋は指導室です。十年くらい前までその名で呼ばれて、生活指導室とはまた別で用意していた部屋みたいです。噂では更に昔、ウチの学校は素行不良の学生が多かったみたいで……。生活指導室だけだとキャパオーバーだったから設けたとかなんとか」

「そんな学校が今では進学校かぁ」

「ただ、素行不良者も減った頃合いに、この部屋不要じゃね、となって……プレートはあるものの、今では実質、空き教室に近いです」

「……大丈夫なの。空き教室を勝手に使って」

「大丈夫です」

「その心は?」

「あたしが毎日この教室に訪れているのは、この教室の清掃目的ということになっていますので」


 ……確かにこの教室、長らく空き教室だった割には隅々まで掃除が行き届いているなぁ。


「槇原君が来るまでの間、あたし、いつもここを掃除していたんですよ?」


 つまり、学校の秘匿された空間で俺とイチャイチャするためだけに、毎日毎日空き教室を掃除していた、と。

 ……本当、努力の方向性が間違っているなぁ。


「ただ、さすがにそろそろ掃除目的で使わせて、と言い続けるのも他の風紀委員や教員の目も怪しくなってきたので……今朝の一芝居に繋がったわけです」

「はぁ……」

「これでまたしばらく、この部屋を二人だけのイチャイチャ部屋に出来ますね」


 ついにこの部屋を指導室とさえ呼ばなくなったよ、この子……。

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