8.風紀委員長と田所さん

*白石視点*


「そろそろだ。ちょっとお土産見てくる」

「はい」

「あれー? 白石さんじゃん!」


 槇原君が一旦列を離れた瞬間、田所さんに声をかけられた。

 槇原君の懸念通り、お店を出てきた田所さんはあたしの存在に気付いた。


「あ、えぇと……田所さん。こんにちは」

「……え、白石さん、もしかして中華街に一人で来たの? なんか意外」

「え? えぇと……? えへへ」


 ひとまずあたしは、田所さんに挨拶をした。

 彼女とあたしは、一年生の時は同じクラスだった顔見知りだ。

 田所さんは、青い帽子に縦じまのユニフォーム。さっき槇原君も呟いていたが、多分この後、プロ野球の観戦に行くのだろう。

 ただ田所さんの周りには、彼女の友人らしき人は見当たらない。


「あたしは今日、親とここに来たんです。お店に並ぶ列が長かったので、親はあたしをおいて、お土産を見に行きました」

「えー、何それひどー」

「いいえ、ここまで連れてきてもらったので、文句はないですよ」


 本音を言えば、出来れば一緒にいたかったですけど……。


「それより、田所さんは誰かとご一緒にここに来たんですか……? お一人みたいですけど」

「ん? ううん。違う違う。あたし一人だよ!」


 田所さんは豪快に笑っていた。


「わかるかな。あたしプロ野球が好きで、今日は観戦に来たんだ」

「……お一人で?」

「そうだよ? 何か変?」


 ……変、なのかはわからないけど。

 女の子一人で中華街で食事をし、プロ野球観戦に行くというのは……なんだかおじさん趣味に感じてしまうような、しないような。


「あたし、小さい頃からプロ野球が大好きでさー。去年くらいなら、お小遣いは全部プロ野球につぎ込んでいるんだよね」

「そうなんですね」

「うん。推しはハヤシ! 従姉妹と地元が一緒なの」

「へ、へぇ……」

「なんとか毎年の怪我癖さえ直せればねー。このクソみたいな投高打低時代が続く限り、守備のプラス分、スタメンは確定なんだけどねー」


 ……何言っているのか全然わからない。

 どうしよう。逃げ出したい。


「ねえねえ! 白石さん! 今度一緒に野球見に行かない!?」

「えっ!?」

「ほら、一年生の時も誘ったりしたじゃん。覚えてない!?」


 ……そういえば確かに、休み時間にスマホを使用し、OPSだとかWARだとか、よくわからない英単語を呟く彼女の様子を伺っていたら、一緒に野球見ない? と誘われたことがあったような……。

 というか、校内でのスマホの無断使用って禁止なんだよね。

 あたしは去年、風紀委員ではなかったから、特に咎めることはなかったけど……今年も同じことをしているのかな?


 ……あれ、でも、田所さんに風紀違反の切符を切った記憶がない。


「……そ、そうですね。都合が合えば」

「うんうん。白石さんなら絶対ハマるよ! "素質"ありそうだもん!」


 ……プロ野球を見るのに必要な素質って何なのだろう?

 誘い文句がなんだか少し宗教染みている気がする。


「あれ、田所さん。人形さんが落ちていますよ?」


 よく見たら、田所さんの背後に、紐で繋がれた人形さんが落ちていることにあたしは気付いた。


「大変。汚れちゃう」

「え? ああ……」

「拾わなくて大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ。これ、相手チームのマスコットの人形だからっ!」


 田所さんは快活な笑みを浮かべていた。

 ちょっと意味がわからなかった。


「これね。このまま引きずって球場へ行くんだ」


 よく見たら、人形さんはボロボロだった。


「ウチのチームのファンではあんまりやっている人いないんだけどね。甲子園に遠征した時にやっている人を見つけて、インスピレーションを得たんだ」

「それ絶対、得ない方がいいインスピレーションだと思います」


 正直、ちょっと引いた。


「もうっ、駄目ですよ。そんな野蛮なことをするの」


 とりあえずあたしは注意してみることにした。


「思い出したんですが、田所さん、学校では去年みたいにまだスマホを使用しているんですか? 校則違反ですよ。今度見かけたら注意します」

「あはは。バレないようにやっていたんだけどなぁ」


 やっぱりまだ学校内でスマホを使用していたらしい。

 まったくもう。


「ま、見つかったら注意してよ。見つからないように使用するから」

「そもそも使用しないでくださいっ」


 去年同じクラスだった時には気付かなかったけど、どうやら田所さんは結構、たくましいところがあるみたい。

 注意しているつもりなんだけど、あんまり響いている様子はない。


「……ま。あたしは不良学生だから怒られるのはしょうがないけどさ」


 田所さんは、ふと何かを思い出したように肩を竦めた。


「槇原君のことはあんまり虐めちゃ駄目だよ?」


 ドキッとした。

 ……もしかして、さっき槇原君があたしの隣から去っていく姿を、田所さんに見られたのだろうか?


「白石さん、槇原君に毎日違反切符切っているでしょ?」

「……ああ、そっちですか」

「そっち?」

「な、なんでもないです」


 あたしは慌てて取り繕った。


「……まあ、確かに槇原君、問題児に見えるもんね」


 そんなあたしの気も知らず、田所さんは語りだした。


「髪の毛は茶色に染めているし……」


 ダークブラウン目ですが、あれ、地毛なんですよね。

 勿論、染髪していないことをわかっている上で、違反切符を切ったこともありますけど……。


「時々遅刻する時もあるみたいだし……」


 家のお手伝いが忙しくて、四月初旬は時々ありましたね。

 勿論、不可抗力であることをわかっている上で、違反切符を切ったこともありますけど……。


「それに中学時代も、色々あったみたいだし……」

「……」


「でも……最近知ったけど、彼、意外と学校で噂されているような問題児じゃないと思うよ?」


 ……。


「まあ、白石さんの立場もわかっているつもりだけどね」


 ……もん。


「風紀委員長として学校の風紀を守りたいだなんて、白石さんは相変わらず真面目だなぁ」


 ……ってるもん。


「でも、少しは槇原君に容赦してあげて」


 あたしの方が槇原君のこと、わかってるもん!

 語りたい。

 田所さんに、あたしがどこまで槇原君のことをわかっているか、つつがなく、全て語りたい……っ!


 でも、いけない。

 ただでさえ学校生活では、(イチャイチャする口実のために)彼に冷たく当たっているんだもの。

 日頃、彼に冷たく当たるあたしが、実は彼の良いところを百個言えてしまったら……。


『えぇっ! 白石さん、槇原君の良いところ知ってるじゃん。これもう付き合ってるでしょ!』


 ……って、なるに違いない!

 それだけは何とか避けないといけない!


 でも語りたい……っ!


 どうしよう……?


「あの……っ」


 ま、後で槇原君に謝ればいっか!

 ※よくない。


 ようし、語ってしまおう!


「田所さん……っ!」

「あ、そろそろ試合始まっちゃう! じゃあね、白石さん!」


 ……あたしの想いを聞く前に、田所さんは球場に向かって行った。


「次のお客様ー?」


 しばらくして、あたしは店員に呼ばれて、入店した。


『入れました』

『そっか。すぐ戻る。田所さんはどうだった?』


 返事に困って、あたしは既読無視をした。

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