学校一厳しい風紀委員長が、恋人である俺を校則違反を口実に呼び出しては甘えてくる

ミソネタ・ドザえもん

校則遵守する風紀委員長

1.違反切符

「槇原君、止まりなさいっ!」


 俺が通っている高校は県内でも有数の進学校である影響か、校則が厳しい。

 具体的には、下校時の買い食い禁止や、アルバイト禁止。校内でのスマホの使用禁止などが存在し、進学校の癖に校則が厳しすぎる、と生徒達が愚痴を漏らしている現場を目撃したことは一度や二度ではない。


 そして、そんな校則が厳しい我が校で最近、新たに校則遵守の活動が施行された。

 それは、風紀委員会により毎朝行われる正門前での身だしなみチェックだった。

 しかし、元々は腐っても進学校の我が校で、身だしなみチェックに引っかかる生徒はあまり多くないのだが……俺は、そんな身だしなみチェックの場で風紀委員に指導される数少ない生徒の一人だった。


「白石さん、何か用?」

「そうです。何か用です。槇原君」

「身だしなみ、変な場所ありますか? 一応朝、ちゃんと姿見を見て整えてきたつもりなんですけど」


 正直に告白するが、個人的には毎朝毎朝、風紀委員に制止を促される程、自分の身だしなみが整っていないとは、俺は思っていなかった。


「……ん」


 自分の非を認める気がない俺に対して、白石さんは首元を指さす。

 首元に一体、何が?

 自分の首を触ってみるが、喉仏以外に気になるものはない。


「ネクタイ」


 勘の悪い俺に、白石さんはしかめっ面で応じた。


「ネクタイ? なんか変?」

「変なんてもんじゃないです。まったくもう。どうしてそういつも曲がった状態で登校してくるんですか」


 白石さんは、我が校の風紀委員長を務めている女の子だ。

 容姿端麗で長く艶のある黒髪から発せられる清楚なイメージ、品行方正な姿や丁寧な口調からは風紀委員長がピッタリだという印象を与えさせる。


「曲がってる……? 自分だとわからないんだけど」

「曲がってます。びっくりするぐらい曲がってます!」


 白石さんは俺に接近し、怒りながらネクタイを結びなおす。

 身だしなみチェックの度、白石さんは俺を止めては制服の着こなしの至らぬ点を指摘してくる。


「まったく。あなたは校則遵守という言葉を知らないんですか?」

「知ってる」

「本当ですか?」

「勿論だとも。ただ、これは問題ない範囲だと思っていた」

「全然アウトです」

「……他の人もこんなもんじゃない?」

「アウトです」

「あの……」

「どこからどう見てもアウトです。他人のせいにしちゃ駄目ですよ」


 他人のせいになんかしたつもりはない。

 ただ、おかしいことをおかしいと言っただけ。

 それで怒られるのだから、人生とは実に不条理だ。


「ちょっと校則、厳しすぎません?」

「……むっ」


 白石さんはムッとした様子で、ブレザーの胸ポケットから一枚の切符を手渡した。


「槇原君。聞き分けのない生徒には違反切符です」


 白石さんは、聞き分けの悪い俺にオレンジ色の違反切符を手渡してきた。


「放課後、指導室に来るように」


 ……またやられてしまった。


 本年度からウチの高校では白石さんの提案で、風紀違反者に風紀違反切符が発行されるようになった。


 違反切符は白色、黄色、オレンジ色、赤色の全部で四種類。

 白色は、スカート丈や髪の長さ等、身だしなみの軽度違反者に。

 黄色は、複数の身だしなみ違反者や遅刻者等、中度違反者に。

 そしてオレンジ色は……様々な違反行為を重ねた要特別指導者に、それぞれ発行されることになっていた。


「また槇原君だよ」

「今月だけで何回目? いい加減学べばいいのに……」


 背後から、登校中の生徒のヒソヒソ話が聞こえてくる。

 彼女らの言う通り、俺はこのルールが施行されて以降、オレンジ色の違反切符の常連犯だった。


「俺この前、白色違反切符切られた」

「マジで。なんで?」

「髪の長さで引っかかって。罰則はなかった。半年以内に白色切符五枚で反省文書くらしい」

「へー。ちなみに俺は黄色違反切符発行されて、一発で反省文書いたぜ」

「何したん」

「授業中にスマホゲーム爆音で鳴らしたぜ」

「マジか。お前、カスだな!」


 ……ちなみに、このルールが施行されて以降、オレンジ色の違反切符を発行された人間は俺しかいないらしい。


「そんなことやらかしても黄色って……オレンジ色違反のあいつがやらかしたことって何なの……?」

「さあ……? ちょっとお前、聞いてこいよ」

「無理だよ。死にたくないわ、俺」


 オレンジ色違反切符の常習犯のせいか、最近の俺は、学校内でも結構な問題児だと周囲から認識されている。

 このように、俺にも聞こえる声でヒソヒソ話をしてくる癖に、誰も俺に声をかけようとはしないのだ。


「……つうか、オレンジ色だとどんな罰則が待ってるんだ?」

「要特別指導だもんな……。殺されるんじゃね?」

「ひえっ」


 殺されたら、俺はここにいないだろ、というツッコミはさておいて……。

 オレンジ色の罰則が相当重いものだということはまごうことなき事実だった。


「……白石さん、たまには黄色切符に減刑とかしてくれない?」

「駄目です」

「どうしても?」

「どうしてもです。……罰則はちゃんと受けてください。ここであなたにだけ減刑を認めたら、特別待遇をしたことになるじゃないですか」

「……どの口が言うんだか」

「とにかくっ! ちゃんと罰は受けてください。風紀委員長としてっ! そこだけは絶対に譲れませんっ!」


 ……白石さんは清楚な見た目をしていて、風紀委員長にピッタリな女の子だ。


 ルールに厳しく、間違ったことが大嫌い。

 そして、問題児である俺に対して、臆することなく不正を糾弾出来る。


 それがきっと……我が校の生徒が抱く、白石さんへの印象だ。


 ……放課後、俺は帰りのSHRを済ませて、渋々指導室に向かった。


「……見て。槇原君よ」

「うわー。例のオレンジ違反切符常習犯?」

「そうそう。顔は結構カッコいいのにね。人は見た目じゃ判断出来ないね」

「ね」


 指導室に向かう途中、道行く生徒のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「……はぁ」


 そして、指導室に到着すると、俺は深いため息を吐いた。


 ……これから待ち受ける特別指導は、白石さんが直々に手を下す。

 だから……正直、面倒くさくて仕方がなかった。


 とはいえ、逃げ出すと後が怖い。

 渋々俺は、扉をノックした。


「どうぞ」


 白石さんの声が室内から聞こえてきた。


「入るぞ」


 俺は少し建付けが悪くなった扉を開けた。


「……ふぐっ」


 そして、室内に入るや否や、胸元に衝撃が走る。

 まさしくこれは、特別指導の一環だった。


 ……誤解させるような意味深な表現をしてしまったが、俺は別に体罰をされるわけではない。

 我が校はこれでも一応、進学校。体罰が横行するような昭和な学校ではないのだ。


 ならば俺がされた行為は、一体何なのか。


「……えへへ」


 答えは……俺の胸に顔を押し付けている白石さんに聞きたいところだ。


「……ねえ白石さん、帰っていい?」

「駄目です」

「どうしても?」

「どうしてもです。だって今は特別指導中ですから」


 ……進学校である我が校では、本年度から風紀委員長である白石さんの提案で、毎朝の身だしなみチェックと風紀違反切符制度が導入された。

 そんな白石さんの施行したルールで、俺は罰則が二番目に重い、オレンジ色違反切符の常習犯だ。そして、俺以外のオレンジ色違反者は一人も存在しない。


 何故、俺以外のオレンジ色違反者がいないのか。

 それは……全てが口実でしかないからだ。


 一体、何の口実なのか……?


 それは、白石さんが学校内の秘匿された空間で俺に甘えるための口実。

 つまり、職権乱用である。


「えへへぇ。あとで槇原君のブレザーも貸してくださいね?」

「嫌だよ」

「駄目です」


 何故、白石さんが俺に職権乱用するのか。


「恋人のお願いを断るんですか、槇原君っ」

「……恋人って言うのも止めなさい」

「あれあれ、もしかして槇原君。恥ずかしがってるんですか?」


 それは……俺達が恋仲関係だからだ。


「まあ、こんな可愛い恋人がいたら、恥ずかしくもなっちゃいますよね!」


 ……多分、風紀委員長の模範とかけ離れたこの白石さんの姿を知っている人間は、校内でも俺一人だけだろう。

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