第2話 魔物討伐軍

 少年の剣と、私の剣がぶつかった。


 訓練ではない、本当の殺し合い。極度の緊張から、十分に力が入らない。震える手に必死に力を込めて、がむしゃらに剣を振り回す。


 剣の技量は少年の方が遥かに上のようだったが、力は私の方が上だった。私の力任せの剣が、少年の剣を弾き飛ばした。


 私は少年を蹴り飛ばした。少年が地面に仰向けで倒れる。


 私はその少年に馬乗りになって、剣を構えた。


 少年は、私の目を見た。


 死の恐怖に怯えるその表情に、私は激しく動揺した。先程からの人間らしい表情に、人間としか思えないこの姿形……私が想像していた魔物とは、あまりにもかけ離れていた。どうしても殺す気になれなかった。


「何をしている!! 早くそいつを殺して、こっちに加勢しろ!」


 私の背後から上官の怒鳴り声が聞こえた。私は剣を持つ手に力を込めた。それに気づいた少年が、ギュッと目を閉じた。


 私は、少年の首の横スレスレの地面に剣を突き立てた。一瞬の後、驚いた顔で目を開いた少年に、私は小声で話し掛けた。


「言葉は分かるか? 死んだ振りをしろ」


 どうやら少年は私の言葉が分かったようだった。戸惑いつつ、身動きせずにジッと私の顔を見つめる。


 私はゆっくりと立ち上がると、上官の加勢に走った。倒れたままの少年の周りに、仲間の魔物が助けに駆け寄るのがチラリと見えた。



 † † †



 激しいが短い戦闘の後、魔物の軍勢は撤退していった。


 戦いに勝利した我々の部隊は、近くにあった魔物の村を襲った。戦闘では後方に隠れていた大貴族達が先頭に立ち、逃げ惑う魔物の女や子どもを殺し、犯し、金品や珍しい農作物を奪い取っていた。


 その光景は、「恐ろしい魔物の討伐」とは到底思えなかった。単なる殺人、強姦、略奪だった。


 討伐軍が繰り広げる惨状に耐えきれず、私は部隊を離れて村の外へ逃げ出した。


 しばらくして、上官が一人で私のもとへやって来た。手には血濡れた剣を持っていた。


 無断で部隊を離れた者は斬首だ。私は死を覚悟した。


 上官は、私の正面に立つと静かに言った。


「何か言うことはあるか?」


 私は、無言で上官を睨み付けた。上官は、無表情のまま私に言った。


「これが現実だ。討伐軍は、単なる侵略者。魔物は『緋魔ひまたみ』と呼ばれる人間だ」


「に、人間?!」


 驚く私に、上官は顔色一つ変えず話を続けた。


「そうだ、人間だ。魔王だの魔物だのは、略奪を正当化するための誤魔化しに過ぎない」


 上官は、剣先を私の顔に向けた。


「要は、王侯貴族の薄汚い商売、お遊びに、俺のような平民出の兵士は命懸けで付き合わされているという訳だ。まあ、本気で魔物退治だと思い込んでいる馬鹿も貴賤問わずいっぱいいるがな」


「こんなこと、こんなこと許せない……許せない!!」


 私は目に涙を浮かべて叫んだ。斬首への恐怖心に、心の底から沸き上がる怒りがまさった。


「そう思うなら、生き残って偉くなれ。お前は最下層とはいえ貴族の端くれ。平民出の俺とは違う。お前の力で変えてみろ!」


 私の目をじっと見つめて上官がそう言うと、剣を下ろしてその場を立ち去った。


 上官は、その3日後に戦死した。無謀な突撃をして窮地に立たされた大貴族を守るため、おとりにされた末の死だった。



 † † †



 我々の部隊をはじめとした討伐軍は、大貴族達が略奪等に満足すると王国内へ撤退し、大貴族達が略奪した物を王国内で売り尽くすと、消耗した兵を補充して再び出陣するということを繰り返していた。


 私は討伐軍の一員として、魔物、いや、緋魔の民と戦い続けた。除隊することも可能だったが、そうはしなかった。


 何故か、それが「逃げ」に感じられたからだ。武功を重ね、偉くなり、この馬鹿げた戦いを終わらせたいと意地になっていた。戦闘になる度に「やっぱり除隊しておけばよかった」と後悔していたが……


 私は、恐怖心を必死に抑えながら、常に先頭に立って戦い続けた。自分や戦友を守るため、戦いで多くの緋魔の民の兵士の命を奪った。しかし、決して卑怯な真似はしなかった。


 また、私は、緋魔の民の村々での略奪は絶対にしなかった。いつも村への攻撃の先陣に立ちつつ、わざと緋魔の民を村外へ逃がしたり、隠れている緋魔の民に気づかない振りをして匿ったりしていた。


 略奪に非協力的な私に対して、大貴族の一部は抗命罪で処罰すべきと主張したが、私の戦場での働きぶりと、軍律の建前上、略奪は禁止されていたことが幸いし、私が処罰されることはなかった。


 20歳になった年、私は病で討伐軍に参加出来なくなった領主の名代として、領主が率いていた部隊の隊長に任命された。異例の抜擢だった。


 ある夜。いつものように緋魔の民の村で劫掠ごうりゃくの限りを尽くす大貴族達を、少し離れた場所で睨み付けていた私に、闇夜に紛れて一人の兵士が近づいて来た。


 つい先日、別の領主の部隊から参謀役として配属された兵士だった。


「隊長、顔に出てますよ?」


 私は驚いて参謀役の顔を見た。


 参謀役は、中流貴族階級で、私よりも5歳年上。男の私がドキッとするほど美しく整った顔立ちだったが、軽薄そうな笑みが印象的だった。


 参謀役は、その軽薄そうな笑みをたたえながら、話を続けた。


「色々とバレバレですよ、隊長。もっと上手く立ち回らないと、隊長の夢は大貴族あのバカどもに潰されちゃいますよ?」


 私は息を呑んだ。緋魔の民の村に火の手が上がった。その炎が参謀役を妖しく照らし出していた。

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