第13話 引き合う運命

 昨夜遅く、急に野蛮族への奇襲作戦が決まった。


 山中に騎乗した兵士たちが身を隠し、奇襲をかけるタイミングを見計らっていた。


 視線の先に、敵か味方も分からない亡骸が転がっているのが分かる。


 ヤーヴェの喉の奥がゴクリと鳴った。


 族長の陣幕は谷の奥。


(俺の剣で運命を切り拓くんだ)


 プォーン。


 ラッパの合図が、まだ夜も開けきらない空に響く。


 隊長の掛け声とともにヤーヴェたちは一斉に敵陣へ襲いか掛かった。


 闇に紛れて数人の敵を斬り、血の匂いが濃くなる。


 (族長、族長はどこだ!)


 ヤーヴェは襲いかかる敵を斬り捨てながら、馬を奥へ奥へと走らせる。


 「ヤーヴェ、危ない! 後ろだ!」


 ジョンの声が響いた。

 

 咄嗟に反応し振り返ると、族長が唸り声をあげ大剣を振りかぶっている。


 眼が合ったその瞬間、互いの剣が激しくぶつかり、ヤーヴェの腕に痺れが走った。

 

 周囲も敵と味方が入り乱れ、刃が擦れ合い火花を散らしている。


 ――族長の大剣がヤーヴェの肩を掠めた。

 

 痛みと焦燥が入り混じる中、ヤーヴェは入団試験のあの日を思い出していた。


 天に届くかと思われるほど高く舞い、初めてミレイユと出会ったあの日を。


 ヤーヴェは心を決め、思いっきり地を蹴り高く飛び上がる。

 

 そして族長の胸に剣を突き立てた――が、厚い筋肉と太い骨に阻まれた。


 (それでも……諦めるものか!)


 「ウオォーッ」


 吠えるような咆哮と共に力を込めた刃が、ついに胸を貫いた。


 族長の巨体がぐらつき、膝をつく。


「これで……終わりだ」


 ヤーヴェはその首を掴み静かに剣を振るうと、腹の底から声を張り上げた。


 「お前たちの長の首を討ち取った! 血を流し続ける理由はもうない。戦いは終わったのだ!」


 ◇


 ヤーヴェに手紙を送って、ひと月が経っていた。


 皇宮からの縁談の話は皇太子妃殿下のお陰で、まだ足踏み状態が続いている。

 


 「お嬢様! 大変です! たった今、皇宮から知らせが来て、ヤーヴェ卿が……」

 

 息を切らせながら、私の部屋にメイが勢いよく走り込んできた。


 「ヤーヴェがどうしたの!」


 「メイ、慌て過ぎだ」


 「だ、旦那様に奥様……」


 メイの後ろから、お父様とお母様が顔を覗かせる。


 「お父様、お母様、一体何事ですか?」


 「ミレイユ、自分の目で確かめて来なさい」


 「そうね、街外れの城門へ急いで。馬車は用意してあるわ。あなたたちは……こんなにも早く立派な大人になっていたのね」


 私は貴族令嬢であることを忘れ、身支度もせず普段着のドレスのまま慌てて馬車へと急いだ。


 すでに城門には多くの民衆が集まっており、最前列の人々の中には祝福の花びらの入った籠を持っている人もいる。


 馬車を降りると、馴染みのレストランの二階にあるバルコニーへと足を運んだ。


 

 『ワァー! 英雄たちの帰還だ』


 

 

 突然、大歓声が沸き起こり、夕日が差し込む城門の方を見る。


 眩しさに思わず目を細め、手を額にかざした。


 皇宮の騎士でもある隊長を先頭に、続々と兵士が城門をくぐり抜けて帰還している。


 兵士たちは皆、馬をゆっくりと歩かせ、人々が撒く花びらに酔い、勝利を噛みしめていた。


 どの兵士の甲冑にも戦の傷跡が刻まれ、顔や髪にもまだ生々しい血と土埃が付いている。


 「本当に激しい戦場だったのね。それなのに、私はあなたに……」


 私はヤーヴェの姿を必死で探した。


 

 その時――。


 

 「ねぇ、あの騎士様、すごく素敵じゃない!」


 「キャーッ! 本当だわ。とても逞しい方ね」


 バルコニーの下で若い女性たちが色めき立っている。


 兵士たちの中で、ひと際目立つ一人の騎士。


 しばらく会っていない間に体はひと回り大きくなり、美しい顔立ちはそのままに精悍さが加わっていた。


 

 「ヤーヴェ……」


 

 私の声をヤーヴェは聞き逃さなかった。


 

 ――ヤーヴェが愛しい声に誘われて見上げると、夕日に照らされて輝くプラチナブロンドを風になびかせ、穢れのない澄んだ瞳が真っすぐヤーヴェを見つめていた。

 


 「お嬢様!」


 ヤーヴェは私を見つけると馬を止め、白布に包まれた族長の首を吊るした棒を、夕陽に向かって高々と掲げた。

 


 『ワァァー!』


 

 再び人々から大歓声が上がる。


 そして、ヤーヴェはその棒を隣の兵士へポーンと放り投げると、私の待つバルコニーへ飛び移って来た。


 「わっ、わっ、ヤーヴェ、危ないだろ! こんな大事なもん投げるなよ!」


 もうヤーヴェの耳にその兵士の言葉は届いていない。


 私は、迷わずヤーヴェの広い胸に飛び込んだ。

 


 ヤーヴェが私を力強く抱き締め、恋しい温もりと波打つ鼓動を感じた瞬間――初めて、私の目から涙がこぼれた。



 

 ◇


 私の元へ帰って来たヤーヴェは、再び兵士たちの列に戻り、皇宮へ向かった。


 その姿が見えなくなるまで見送ると、急いで私も侯爵家に帰った。


「ミレイユ、ヤーヴェとは会えたのか? ヤーヴェは、この屋敷に戻るのは夜半になるだろう。まずは、陛下に勝利の報告をしなければならないからな。早速、明日、勝利の宴が皇宮で開かれることになったぞ」


「ええ、お父様、分かっておりますわ。明日がヤーヴェの晴れの舞台になりますわね。……その前に、執事、バッシュをここへ呼んでくれる?」


 呼ばれて来たバッシュは緊張した面持ちで部屋に入って来た。


 もうすでに、人々の歓喜の渦の中を行進していたヤーヴェの姿を目にしたのだろう。


 バッシュの顔を見れば、泣いた後だと一目で分かった。


「泣いたのね。それは、喜び? それとも後悔?」


「両方です、お嬢様。俺の心に隙があったばっかりに、ヤーヴェの約束を破ってしまいました。ちゃんとヘディを止めるべきだったんです」


 そう言うとバッシュは金貨の入った袋を私に差し出した。


「これは?」


「俺が受け取った分だけですが、あの時の金貨です……。一度も手を付けていません。こんなことでは許されませんが、お嬢様にお返ししたいのです」


「そう……でも、あなた達の茶番の代金として支払った訳だし、この金貨はどうしましょうねぇ?」


 私の言葉に、バツの悪そうな顔でバッシュはその場に固まった。


「ミレイユ、詳しい事は分からんが、お前もバッシュもこの金貨が必要ないのであれば、此度の戦で傷付いた兵士やその家族へ寄付するのはどうだ?」


「ふふ、さすがはお父様! バッシュもそれで異論はないかしら?」


「も、もちろんです。それで……お嬢様、許して頂けるのでしょうか?」


「許すも何も私は支払っただけ。バッシュ、後はヤーヴェとあなたの問題よ。さぁ、もう行きなさい」


 バッシュが深々と私にお辞儀をすると、泣いているのか背中を小刻みに震わせゆっくりと部屋を出て行った。


「お嬢様、明日の宴用のドレス選びを始めませんと、間に合いません! ああ、私の腕が鳴りますわ!」


 メイは鼻息荒く他の侍女たちに指示をすると、テキパキとドレスやら宝石やらを準備し始めた。


 お父様と私は顔を見合わせ、お互いにクスッと笑い合うのだった。

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