第28話 死神の面

「えっとぉ、その何たら事件って初耳なんすけど……」

「はぁ!? 貴方……新聞とか読まないわけ?」


 僕は過去の記憶を掘り起こしながら、説明する。


「――“ランヴェルグ監獄襲撃事件”。〈ランヴェルグ〉という街にある監獄が襲撃されて、20名の死刑囚が脱獄した事件だよ」

「死刑囚が脱獄!? そ、その脱獄した死刑囚はどうなったんだ? まさか野放しかよ!?」

「……わからない。裁かれたかもしれないし、裁かれていないかもしれない」


 僕の曖昧な解答に、ラントはまた首を傾げた。


「死刑囚が脱獄した〈ランヴェルグ〉は当然のように混乱に陥った。死刑囚の特徴を記述した書類は処分され、顔を知る人物は全て暗殺されて、誰も死刑囚が誰なのかわからなくなったんだ。しかも、死刑囚の中には変装術が使える人も居たから、街中が疑心暗鬼に陥った。どこに死刑囚が潜んでいるかわからない、そんな恐怖が民衆の心に狂気を生んだ。〈ランヴェルグ〉の貴族たちは疑わしい人物を片っ端から虐殺していったんだ。特に身寄りのない者達、身分を証明できない者達は問答無用で殺されていった。殺された人の数は死刑囚の数を優に超える250人。その250人の中にどれだけの死刑囚が居たのか、誰も知らない」


「私、事件について詳しくは知らないのよね。虐殺は250人で止まったということは知ってるけど、一体どうやってそんな混乱を止めたのかしら」


 僕は思い出す、小さな体の女の子を。


「ある女の子が言ったんだ。『死刑囚は全て街の外へ逃がした。自分が襲撃事件の首謀者だ』……とね。その女の子は死刑になって、彼女が死ぬことでランヴェルグでおこなわれていた虐殺は止まったんだ」

「でも、首謀者は遺跡に居た奴と同じなんだろ? ってことは――」

「彼女は首謀者じゃない。彼女は罪を全部自分に向けて、自分を犠牲にすることで虐殺を止めたんだ。真の首謀者はまだ捕まっていない」


 僕の言葉を聞いて、事情を知ってるであろうアランロゴス校長とハルマン副校長は哀れむような目で僕を見た。


「どうして襲撃事件の首謀者と遺跡に侵入したケノス教徒が同一人物だと思ったのですか?」


 ヒマリは質問する。


「例の襲撃事件の際にも六本腕のトロールが確認されているんだ。それに、襲撃事件で脱走した死刑囚のほとんどはケノス教徒だったのだ。つ・ま・り、首謀者もケノス教徒でほぼ間違いない。仲間を救出したのだろう」


 アランロゴス校長の説明にハルマン副校長が続く。


「『六本腕のトロールを使役』、加えて『ケノス教徒』。2つの共通点から考えるに、同一人物である可能性が高い」


「さっきシャルル君が説明していたように、変装術を使える者が死刑囚の中には居たと言われている。だが、首謀者が変装術を死刑囚にかけていたという説もある。もしも、トロール使いが変装術も使えるのなら、この学園島の誰かに化けて潜伏しているだろう」


「えぇ!? だ、だったらみんなに注意喚起しないと駄目じゃないっすか!?」


 やれやれ、とハルマン副校長は葉巻を指で遊ばせる。


「さっきのシャルルの話を聞いていなかったのか? ケノス教徒が誰かに化けて潜伏していると知れば、ランヴェルグと同様に学園島の住民は混乱する」


「吾輩たちはこれから全力で侵入者を探す。君たちは誰になにを聞かれても、知らぬ存ぜぬで通してくれ」


「私達に手伝えることはないのでしょうか」


「ない」


 ヒマリの申し出をアランロゴス校長は即答で拒否する。

 アランロゴス校長は冷たく言った後、明るく笑った。


「話は以上だ。は退出しなさい」


 アランロゴス校長は僕に視線を合わせる。


「君とはまだ、話したいことがある」


 ハルマン副校長がヒマリとラントを連れて退出した。

 校長室には僕とアランロゴス校長だけが残った。


「君とは一度、二人っきりで話したかった」

「特待生だからですか?」

「いいや、君と吾輩が似ているからだよ。君には親近感があってね。というのも、吾輩も昔は死刑執行人だったのだ」 


 驚いた。

 名門校の校長ともあろう人間が元死刑執行人なんて考えられない。

 なら、あの壁に掛けてある大剣は処刑用の物か。道理で僕の持っている大剣と似ているわけだ。


「驚いたかい? 君と同じで罪人の首を直接この手で斬り落としてきた。あまり思い出したくはない過去だけどネ」

「……死刑執行人は忌み嫌われるモノです。よく、ここまでの地位に辿り着けましたね」

「楽な道では無かったさ。けどけど、そこまでつらくもなかったかな。吾輩にとって死刑を執行する日々に比べれば、魔術の鍛錬や地位争いなど苦では無かった」


 気持ちはわかる。

 あの日々に比べれば、どんな苦行だって怖くない。


「さてと本題に入ろう」


 アランロゴス校長は手を組む。


「……君は、なぜ死刑執行人が洗礼術を教えられるか知っているかい?」

「処刑した者の魂を、浄化させるためです」

「うんうん、正解だ。でも足りない。死刑執行人が洗礼術を覚えさせられる真の理由、それはケノス教徒を処刑するためだ」

「ケノス教徒を?」

「ケノス教徒はケルヌンノスの紋章を宿している。あの紋章を持っている人間はケルヌンノスの祝福によって人並み外れた再生力と魔力、身体能力を得るんだヨ」

「ケルヌンノスは闇の魔術師。ケルヌンノスの祝福を受けているということは――」

「ケノス教徒は洗礼術の対象となる。その強力な再生力と身体能力ゆえに洗礼術なしにケノス教徒は断頭できない。だから死刑執行人は洗礼術を使うのだ」


 アランロゴス校長は横に立ち、目を合わせずに言う。


「……つまり、君はケノス教徒の天敵というわけだ」

「だから、なんだと言うんです」

「捜査の過程で君に協力を要請するかもしれないということサ。洗礼術を浴びせれば、その相手がケノス教徒かそうでないか判別できるからネ」

「……なるほど。その時は、お手伝いします」

「ありがとう。用件はこれだけサ。退出しなさい」


 僕は頭を下げて、校長室を出た。


「……終わったか」


 廊下の窓際に背を預けて、ハルマン副校長が待っていた。


「2人は?」

「帰したよ」


 僕は足を動かし、ハルマン副校長の前を通り過ぎようとしたが……ある言葉を思い出し、立ち止まった。


「ハルマン副校長。前に僕が私怨で人を殺したら、僕の理想は潰えると言いましたよね? あの言葉の真意を聞かせてもらってもいいですか?」


「『死による断罪はない』。それが死刑に反対する上での根幹たる思想だからだ。例えば、何十人という人間を殺害した殺人鬼が捕まったとしよう。殺人鬼に家族を殺された者達は口を揃えてこう言うはずだ、『奴を殺せ、死刑にしろ』とな。私怨によって人を殺した男に、彼らをなだめることができると思うか?」


「相手が、どんな悪党であっても……殺してはいけないのでしょうか? 例え、万人が死を望む相手でも、僕は殺してはいけないのでしょうか」


「駄目だ。君はもう、人を殺してはいけない」


「はじめてなんです」


 自分の左胸に手を当て、服を握りしめる。


「はじめて僕は、心の底から人を殺したいと思っている……! あの襲撃事件さえ無ければ、彼女は今だって笑って生きていたんだ。あの男さえ居なければ……!!」


「襲撃事件の首謀者は、彼女の仇と言える存在だからね。だが落ち着け。君がここへ来た目的を忘れるな」


「……はい」


「シャルル、鏡を見ろ。――処刑人の顔に戻っているぞ」


 ハルマン副校長は去っていく。


 僕は窓に映る自分を見た。

 暗く落ちた瞳、無機質な表情。

 僕は処刑台の上に立っている時の自分を見たことがない。

 けれど、処刑台の上に立っている僕は、こんな顔をしていたのだろうとわかる。


 自分で自分が恐ろしい。まるでだ。

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