有声 俺と少年
■捜索
俺も思わず飛び出したのは良いものの、人探しなんてやったことはなくて、何をしていいのかさっぱりわからないし、今さっき少年の名前を知りました。涼…少年は涼くんというのですね。商店街の外、学校の近くまで来てみると、やっぱり学校の付近に住む先生や大人たちが大声で少年の名を呼んで探していて、あそこは人数が事足りているから俺はいらない、と判断して、子どもに人気の場所を思い出しながらひたすら町の中を走り回りました。よりにもよってなんで今日サンダルなんでしょうか。俺は普段はスニーカーとか運動靴とかを履くんですが、今日はそんな気分じゃなくて、サンダルを履いてしまっていたのです。とても走りにくく、サンダルが足から逃げようとするたび、履きなおす、という事を繰り返しながらひたすら息を切らしながら走りました。運動なんてし慣れていなくて、息を切らせながら苦しいと思いながら走りました。息を吸っても吸っても、吸えない感じがします。走るのが苦手な人が頑張るとこうなるんです。暑いさなか、俺が思いついたのは、この町に流れる大きめの川の下にある橋。あそこにいるんじゃないかって思いました。あそこは、俺の経験上、絶好の家出スポット。あるいは、秘密基地を作るための必須スポットです。もしかしたらそこにいるんじゃないか、息を切らしてたどり着くも、すでに人がいて、いない、いないという声が聞こえました。つまり、少年はここにはいない。すみずみまで探して肩を落とす大人の姿が見えまして、どうやらこの町の大人達がフル動員されているのを理解しました。なのに見つからない少年に冷や汗が伝いました。きっと彼は…いや、断定するのはまだ早い、私は子どもお客さんの話すことを思い出して、もしかしたらあそこかもしれない、という場所をいくつか割り出しました。
■まだまだ走る
五つほど、場所を割り出しました。俺は元よりあんまり記憶力がないので、思い出すのに必死でしたが、なんとかギリギリここにいるのでは、というのを絞り出しました。五つのどのスポットも子ども御用達の秘密基地スポット、でもどれも、町の端っこにある山につながっているスポットで、少し間違うと遭難するから、と俺が子どもの時から注意を受けるような場所でした。そんなところにいない事を祈りながら、俺は走りました。ここから山は実はそう遠くありません。中学校からは遠いですが、少なからずとも俺の家と、この川からは。この五つのスポット、山の浅瀬の部分と、山に思いっきり踏み入らないといけないスポットがあって、でも別に熊とかそういうのが出ないから、といって奥へと子どもが入っていってできたのが、五つ目のスポットなのです。そこに行っていない事を祈りながら、俺は山の入口へとついて、早速一つ目の浅い部分から潰していくことにしました。
■スポット潰し
一つ目のスポットは巨木の穴の中。この山にある木で大きい木の一部の穴は、子どもが入れるようなスペースがありまして、そこを秘密基地にする子どもが毎年多いと指摘されています。俺は真っ先にそこに行きました。でも、少年はいないみたいで、探しても姿すら見つかりませんでした。俺が体が大きすぎるから入れない部分にいるんじゃないかって思いましたが、本当に人の気配がしなかったので、いなかったんだと思い、そのまま二つ目のスポットに走りました。
二つ目のスポットは山にある空き地。木が沢山生えていて、その中央に空き地がありまして。そこで子どもたちが遊ぶらしいのです。そこでピクニックしたりもするらしく、人が年中絶えない場所です。でも、足を踏み入れても明らかに誰もおらず、逆に木々がそこを影で暗く染めていて、夕方でまだ少し明るいというのに、もうしんやなのではないかと思わせるほどでした。ここから怖くなってしまって、スマホのライトをつけながら少年を探します。でも、少年はいなくて、ここにもいないのか、と残念な気持ちと心配な気持ちで、暑さなんてどうでもよくなってきて、さらに山に踏み入りながら三つ目のスポットを探しました。
三つ目のスポットは山に何故かある、山池。ここがたまに水浴び場になったり、釣り場になったり色々な用途に使えて人気だという事を知っていて、ここでおぼれていたりしたらどうしようとか考えていました。でも、さすがに池の中まで探しようがなくて、もしおぼれているのなら知らせてくださいと、ずっと思いながらあたりを探しました。池に特段変な泡がでているとかそういう事は無くて、もしおぼれていたとしても、今一人での捜索は難しいので断念して、後に来るであろう他の大人達や専門家の方々にお願いすることにしました。何故かここにもいなかったので、背中に妙な冷たさが走るのを我慢しながら、さらに山の奥へと進んでいきました。
四つ目のスポットに俺がようやく差し掛かったところでした。そのころにはもう空も真っ暗で、夜になっていて、山の下の方ではパトカーのサイレンの音も聞こえてくるそんなころ、ようやく進展がありました。気のせいではないと思いたいのですが、子どものすすり泣く声が聞こえてきたのです。俺はそれを逃さないように耳を澄ませて慎重に感覚を研ぎ澄ましながらその泣き声がする場所に足を踏み入っていきました。泣き声がはっきりと聞こえてくるとき、その泣きながら呟いているであろう言葉も少しずつ聞こえてくる、
「お母さん…お父さん…ごめん…おれが、おれが悪かったから…助けて…」
すすり泣きながら呟く言葉を聞いて大体察しました。きっと親子喧嘩をしてしまったのでしょう。そしてその声がはっきりあの少年だと、俺は理解しました。
■発見
泣き声を聞きながら歩み寄って、少年の姿が見えた時、俺はようやく安心できました。少年がそこにいたのだから。よく見ると、少年は少しけがをしているものの、重い傷を負っているわけではなく、軽い切り傷とかで済んでいました。それに安堵しながら足を速めて、走り抜けて少年に近付く。俺は声もなく走り寄りましたから、少年は俺の姿が見えるまで何かを叫んでいましたが、俺の姿を認識できたのか、抱きしめたときには、
「お化け!お化けの人だ!」
と俺の肩で号泣していました。俺はお化けの人として覚えられていたようですが、それさえも見つけられた喜びに感化されて、どうでもよくなっていました。
少年が落ち着くまで抱きしめておいて、少年の泣き声が止まったのちに、俺は勇気を振り絞って声を出してきいてみました。半年以上ぶりに他人と話すので緊張していましたが、思いのほか、あっさりでてくれました。
「ね、ねえ、なんでこんなところ、にいたんですか。」
「み、みんな心配していました。お、俺も心配していました。ちょっと、ちょっとでいいので、理由を、教えてくれませんか。」
言い終わって改めて体に体温が戻ってくるのを感じました。少年は目を丸くしながらぽつぽつと話してくれました。
「えっと、おれね。お母さんとお父さんと学校行けてない事喧嘩しちゃって、おれさ、学校でひどい事されてるのに、なんでいかないといけないんだって思って、絶対いかねえって言っちゃって!でも、おれ、ひどい事されてるのに行かないといけないって言われたから、お父さんもお母さんもおれのこと大事じゃないんだって思って…それで…走ってきたらここにきてて、帰れなくなって…!怖くなってたらお化けの人が来てくれて…!おれ!」
「うん。」
今までずっと打てていなかった相槌を打って、背中をさすっていれば、少年はまた泣き出してしまって、俺は少し焦りましたが、そのまま話を聞いてやっていました。
「お化けの人が来てくれたから、おれ…!安心して…!ねえ、お化けの人、俺、家に帰りたいんだ!謝りたい!お父さんとお母さんに!ごめんって…!」
「うん、か、帰ろう。俺と。あ、そうだ、俺ね。名前、教えてなかったですね。」
名前、久しぶりに、いや、初めて他人に自分の口から教える。自分の名前。声が震えだしてきて、今まで感じてこなかった不安が俺に一斉に降り注ぎました。数秒、沈黙が続いて、それに呼応するかのように森の風のざわめきも消えて、俺は言うなら今だと、そう思って、勇気を出して、いいました。
「
静けさがまだ保たれている山に、俺の名前が少し響いた気がして、声は小さかっただろうけど、俺にはそれが大きく響きました。名前に関しても、昔から馬鹿にされていて、俺は、この少年に名前を言ってもいいのか、とても不安でしたが、少年が俺の肩をぐっと押して、俺と体を少し離して目を合わせて言いました。
「真黒、かっこいい!おれね、
名前の交換っこ。俺は一回もしたことがありませんでした。こんなにも名前を言う事に満足感を得たのが、相手の名前を聞くのがこんなにもうれしいのが初めてで、得も言われぬ気持ちになってしまいました。人の声はこんなに安心するんだって、自分から声が出て安心するなんて知らなかったから、俺はうれしい半分、早く下山しなきゃ半分でいっぱいでした。
「涼、くん。そろそろ、下山しよう。俺、降りる方法知ってる、から」
「その…学校の件も、俺と一緒に、両親と、話し合おう。」
少年、いや、涼君と話したい気持ちもあるけど、怖い気持ちが少し残っていて、言葉がつっかかってしまうのが、悔しかったけれど、今はそれすら気にできませんでした。声が、こっちに近付いてくれていたからです。大人たちの声、涼君を呼ぶ声、あんまり俺がここにとどまっているとへんな勘違いを起こされてしまうような気がして。
「うん!真黒が一緒なら、おれ怖くないよ!」
笑顔で俺の手を涼君がつかんでくれて、俺はそのまま手のぬくもりを感じながら、夏の夜のすずしい山を二人でスマホのライトを使って降りていきました。普段から登りなれているのもあって、降り慣れてもいたので、無事下山出来て、下にいた警察関係者から涼君の両親までそろった大人たちに怒られながらも、涼君は安心した顔をしていて、俺も安心できました。後に俺は、涼君がどこにいたのかとか、誘拐していたのかなど色々な事を聞かれました。全部正直に答えて帰った時には、もう深夜になっていました。夏の星が、とてもきれいでした。
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