切先

「騒いだら殺す」


 ランドセルごと俺を狭いクローゼットに押し込み、姉はそう言った。地獄の底のような声だ。顔も前にこっそり部屋に入って漫画を勝手に読んだ時よりも恐ろしい。鼻先に向けられた包丁に、汗とも涙ともつかぬものが姉の頬をつたって落ちる。セーラー服からは、金木犀の匂いが汗混じりに香っていた。


 俺がこくり、と頷くと同時に何処かの部屋でがちゃり、と音が鳴る。すると姉は顔を青くし、顔を外へ向けた。それにつられるように、腰まである長い黒髪がさらりと揺れる。


「そこから出たら、ころすから」


 もう一度確認するように、囁かれる。そのまま扉が閉じられた時、暗くて顔はよく見えなかった。




 あれから幾年が経った。姉の歳を三つ超え、背も伸びた。もうあのクローゼットに入ることさえ叶わない。

 あの後怯え疲れた俺はすっかり寝てしまって、涙を流す両親とたくさんの警察官に起こされた。姉は戻ってこなくって、みんな悲しみながらも強い子だと褒めていた。そんな強さなんて、なくて良かったのに。

 部屋の窓から風が吹き、肩まで伸びた髪が揺れる。教師には何度も切れと言われたが、何故だか切る気がてんで起きなかった。嗚呼、でも前よりも声が大きくなった。まわりから煩いと小突かれるくらいには。

 ねーちゃん、と口の中で転がすように呼ぶ。けれども、姉が現れることはなかった。

 

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