第9話 知らない話

 物語とは、作者の意思で定められた人生をキャラが送る物だ。



 それが主人公であれば魔王を倒す冒険に旅立つ運命を定められたり、数あるヒロインの中から特定の人物とくっ付く運命すら定められる。



 かく言うこの【魔装戦機イヴリース】もそうだった。


 そうだと思っていた。だがこの世界は、確かに物語の世界ではあるが物語ではない。



 故に大樹は巻数通りにシナリオが展開されると思い込んでいた。



 多少のズレはあれど、大きな変化は無い……そう思い込んでいたのだ。



――――――――――――――――――――――


 アリステラと鈴芽、穂乃果と残り79人の生徒たちの模擬戦が終わり、職員室から眺めていた1人の初老の男が居た。



 彼は【東京第三戦闘高等学校――アルケミー】の校長。千羽山太蔵せんばやまたいぞうはアリステラたちの戦闘に興味を抱いていた。



 正確に言えば九条鈴芽に興味を持ったと言うべきだろう。



 校長は見逃さなかったのだ。鈴芽が光の速さで生徒を一撃で戦闘不能にしたり、アリステラの殲滅攻撃をパリィしている姿を。



「九条鈴芽か」



 そんな校長の手には下部組織である【戦闘中学校――マーメイド】から引っ張り出してきた九条鈴芽の資料が握られていた。



 ムスッとした写りの悪い証明写真を表に、中を確認する。



「九条家の次女……忌み子か」



 九条家は代々武士の家系であり、女性ウィザードを多く輩出してきた。その誰もが刀の戦機を発現させ、国を引っ張る重役に就く程の強者揃い。



 兄である雪也も男性初のウィザードで、戦機は伝統の刀だ。



 だが、妹の鈴芽の戦機はレイピア。全てのステータスが底上げされる刀と違い、レイピアはスピードしか上がらない。



 故に将来性が見込めないと、見捨てられ忌み子として九条家を追いやられた。



 ウィザードである以上、戦闘学校に属することは避けられない運命で、彼女も例外なく中学校に属していた。



 大した成績を出せず、噂通り将来が見込めない実力だと校長も思っていたが。



「あれが忌み子だと?信じられん。パリィを習得するのは高校からだ。それにあの戦闘力はなんだ。高校生相手に20人近く一撃で、誰にも気付かれずに倒していたぞ」



 とても年齢と実力が噛み合っているとは思えない。

 隠れた才能か?はたまた努力で身につけた力か?



 資料だけでは判断が出来ない。目で見ただけの情報では中学レベルを優に超越している。



「これは確かめる必要があるな」


「校長。用意できました」


「うむ。ありがとう。柳先生」



 女性教諭、やなぎから封筒を受け取る。

 そこには【特別強化実習生】と書かれていた。



「よろしいのですか?校長」


「何がだ?」


「【特別強化】の事ですよ。歴史上2人目の特例を彼女に与えるのはいささか早計ではないですか?」



 柳からの疑問も、もっともだ。



 【特別強化実習生】――いわば飛び級制度だ。実力、才能がずば抜けた子供を進級させ、特別顧問をつけた集中型トレーニングを積ませるこの制度。



 歴史上未だ1人しか受けたことのない制度を九条鈴芽に与えようとしているのだ。



「君は不満かね?柳先生」


「正直申しますと、不満です。確かに九条鈴芽の実力は中学生の中では飛び抜けて優秀でしょう。ですが彼女の戦機はスピードしか上がらない粗末な戦機です。

 とてもこの制度を受けるに見合った力を持っているとは思えません」


「忌憚のない意見をありがとう。柳先生」



 確かに柳の言う通り、力だけで見れば将来性は皆無だろう。

 だが校長には考えがあった。



「確かに力だけで見れば将来性は皆無だな。だが、彼女は化けると思うぞ?」


「根拠は?」


「勘だよ。勘」


「勘ですか」



 柳は不満そうに返した。



「悪いな、今はそうとしか表現できんのだ。だがスピードだけで20人近くを戦闘不能にし、息を切らさない様子。

 誰にも悟られずに何かをやり遂げようと画策する様子から私は、この制度を受けるに値すると判断した」


「それが勘……ですか?」


「そうだ。そんなに不満なら顧問は君が受け持ちたまえ。気に入らなければこの話を白紙に戻して中学に送り直せばいい。だろ?」


「そうですね」



 ようやく柳が理解を示した。

 九条鈴芽には悪いが……力を試させてもらうことにする。



 【エリミネーター】討伐部隊発足のため、彼女のスピードと知識は必ず必要になる。



「忌み子の成長。さて、九条家はどのような反応を示すかな」



 妹に対して無関心を貫いたあの家の反応が気になる。



 厄介な案件は持ち込まないはずだが……そう校長は考えるが、安心しきるのも難しい。



「柳先生。九条家の動向にも注意するようにな」


「心得ております。では私は次の授業がありますので」



 軽くお辞儀をして職員室を出る柳。詰める話はこんなところだろう。あとは九条鈴芽がこの提案に応じてからだ。



「さて。面白くなってきたな」



 校長はニッと笑い、窓の外を眺めた。



 そうして運命は九条鈴芽……日向大樹の意図しない場所で大きくズレ、動き始めた。



 そんな鈴芽も今はシナリオ、設定に無い前日譚をメインヒロイン兼恋敵のアリステラ・バーンズウッドと過ごすことになっているのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る