第16話 元気出していこーぜ!(中原)

 先週は、佐々木に悪いことをしてしまった。


 わたしの嫉妬から、佐々木に変な態度をとってしまった挙げ句、わたしは餡まんのい補充を忘れ、最後の一つの餡まんを落としてしまい、客を激怒させてしまった。


 佐々木まで、暴言を浴びせられた。


 まったく、わたしはどうかしている。


 今日は佐々木と二人だけのシフトの日、ゆっくりと話しをしよう。


 佐々木はもう来ているだろうか?


 いつものように、コンビニの自動ドアの前に立つ。


 レジの中には、佐々木がいた。


 でも、一人だけじゃない。


 げっ、渡辺のババアだ……。


「あら、中原ちゃん、お疲れ様」


 渡辺のババアが、わたしに満面の笑みを向ける。


 渡辺のババアは、このコンビニのお局様的存在だ。人をよく学歴や外見で判断する。もっとも、わたしはお嬢様学校で通った円山女子高校にいるから、あたりはやわらかいし、気に入られていることも分かる。


 しかし、他のバイト仲間に聞くと、特に佐々木は外国人っぽい外見も相俟って、きつい態度を通っているらしい。不愉快なババアだ。


 渡辺のババアのとなりで、佐々木が、わたしに、どうしようといった目線を向ける。


「あの、渡辺さん、今日はどうして……」


「それがねぇ~、ここのところ不景気でしょ。中原ちゃんは賢いから、年収103万円の壁って知ってるでしょ? それを意識していたら、単純な計算ミスしていてね、もうちょっとシフト組んでも大丈夫だってことが分かったのよ~。ギリギリまで稼がないとね。おばさん、がんばっちゃうんだから」


 がんばんなくてもいいよ。休んでろよ、と心の中で思いながらも、それは顔に出さない。わたしは、お嬢様学校、円山女子高で身に着けた、最大限の愛想笑いとお世辞をふりかざす。


「そうなんですかー、すごいですねー」


「そうでしょー。老体にむち打ってるんだからー」


 老体にムチなんて打たずに、マッサージ機にでも乗ってろよ、と思ってしまう。


「それに、今日って、中原ちゃんと、佐々木さんのシフトの日でしょー。二人だけだとあんまり会話無くて、面白くない時間を過ごすかなーって思って、この日に入れてもらったのよー」


 むっとする。わたしは、佐々木と二人になりたいんだっつーの。


「きっと中原ちゃん、円山女子の清楚な空気の中にいるから、北十三条高校の不良高……あら失礼、少し学力の劣る高校の子となんか、合わないわよねー」


 何が失礼だ。失礼の先がぜんぜん改善されていない。佐々木を否定されたようでカチンとくる。


 佐々木は賢い子だ。家にあまりお金がないという事情がなければ、きっともっと何かできただろう。


 いや、それ以上に、人を学校でしか判断できないところに腹が立つ。


 そこへ、お客さんがやってきた。佐々木の立つレジの前へ行き、タバコの銘柄を言う。


「えーと、すみません、番号で言ってくれませんか……」


「だからーあのタバコだっていってんだろー」


 客が威圧する。


「す、すみません。あたし、タバコに詳しくなくって……。番号がついていますので……」


「ああん? こっちは客だぞ。客に口答えするのかー? 外人さんよー」


 そこへ、すかさず渡辺のババアが割り込む。


「あらあらすみませんねー。うちの外人がー」


 渡辺のババアは、タバコを取り出す。


 客は文句を言いながらタバコを買って帰っていく。


「ちょっとー!!」


 客がいなくなると、渡辺のババアの怒号がとどろく。


「佐々木さん、あんたタバコの銘柄も分からないの!!」


「いや、あたしは番号でって……」


「いい? マニュアル通りじゃダメなの。お客様は神様だってわかる? あんんたにはわかんないわよね。あんたの国、一神教だものね」


「いや、あたし、日本人で……」


「何が日本人よ。タバコの銘柄も分からないで、よく日本人なんて言えたものね」


 渡辺のババアが喚き散らす。なんなんだこいつは。


「ちょっと、渡辺さん」


 わたしが言うと、渡辺のババアは鬼のような形相から、急に笑顔に切り替える。


「あら~、中原ちゃん怖くなっちゃった。いいのよ。おばさん、この外国人をちゃんと注意しておくから~」


 渡辺はまた佐々木に怒号を浴びせる。


 あの佐々木は言い返さない。必死で耐えている。


 わたしは、円山女子で、こういうときは事なかれ主義を貫いてきた。それが、お嬢様の処世術というものだ。見て見ぬふり、それが一番だ。


 でも、違う。佐々木は大切な存在だ。その佐々木を見て見ぬふりなどできない。


「渡辺のバーバーアー!」


 わたしは叫んでいた。


 渡辺のババアが驚いたように振り向く。


「なんなのあんた。佐々木は日本人だよ。こういうの、人種差別っていうんだよ」


 渡辺のババアはオロオロしている。


 わたしが清楚で、とてもこんなことを言う子に見えなかったからだろう。


 それ以上に、せっかく仲良くなれた、円山女子高生という、いわばブランド品にソッポを向かれたくないと言うことは、明らかに分かる。


「え、いや、違うのよ、中原ちゃん。これは、愛のムチってやつ?」


「わたしは佐々木と仲良く仕事をしたいんだ! それをなんなの。勝手にやってきて、突然怒鳴りだして」


「そっ、そうよね。中原ちゃん。こういうの、あんまり慣れていないのよね。お嬢様だものね。うんうん」


 渡辺のババアは、一人で訳の分からない納得をはじめた。


「そうよ。中原ちゃん、お嬢様で優しいから、この佐々木さんとも仲良くしようと頑張っているのね。そうね。偉いわ。あっ、そうだ、おばさん、今日は事務仕事に専念しようと思っていたんだった。いやーねー、店長ったら、アルバイトに事務仕事させるなんてねー」


 渡辺のババアはそういうと、事務室に消えていった。


 こういう輩は、案外弱いものだ。わたしというブランドに嫌われたくないのだ。虫唾が走る。


「あの、中原……」


 佐々木が呼びかける。


「佐々木、だいじょうぶだった……!?」


「ううん、大丈夫。中原、ありがとう。中原こそ、大丈夫? 渡辺さんに嫌われたら大変だぞ?」


「これくらいで嫌われないよ。なんせ、わたし、お嬢様学校なんだから。使えるものは使わせてもらうよ」


「アハハ、なんだよ、それ」


 佐々木は、引きつった顔で笑う。まだ、気持ちが完全に和らいでいないようだ。


「まったく、中原のそういうところ……結構、好きだな……」


 大きな意味はないのだろうが、好き、と言われて、ちょっとドキッとした。


「うん。わたしの処世術だ!!」


 わたしは大げさに胸を張って見せた。


「それよりも、なんで佐々木は言い返さないんだよ」


「そりゃ、言い返したって、何も変わらないから」


「そっか……」


 佐々木は、どこか達観したようなところがある。それは魅力的だ。


 佐々木は、お客さんからわたしを守ってくれた。だからこそ、わたしは、渡辺のババアから佐々木を守る。そのくらいしかできないけれど、やれることをやるだけだ。


「元気出していこーぜ!」


 わたしは、佐々木にウインクした。


「ぷっはあ」


 佐々木がようやく本当の意味で笑う。


「なんだよ、それ」


「中原流元気の注入!」


 ようやく、二人だけの時間になった。とにかく、今を楽しめばいいんだ。

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