琥珀色メロウディ ~ハンドメイド魔法石アクセサリー店へようこそ~
希結
第1話 運命が動いた夜
忘れられない思い出があるだろうか。
きっと嬉しかった事や悲しかった事、思い出の数や想いの強さだって、人それぞれだと思う。
もちろん私にも、喜怒哀楽それぞれ沢山ある。その中の思い出の1つは、人生で一番ワクワクした瞬間だったと思うんだ。
小学生の時、初めてアクセサリー作りをして感じた、あの胸が高鳴る瞬間。出来上がった時に得た高揚感。それを家族や友人にプレゼントして喜ばれた時の、心の中が温かく満たされたような気持ち。
カラフルなビーズの粒が、宝石みたいにキラキラして見えた。こんな風に作ってみたい、あんなデザインをしたい。次々に溢れ出る自分の中のイメージを形にしたいと、逸る気持ちを抑えながらノートに書きなぐったっけ。
あの頃の幸せな思い出は、大人になった今、私の人生を再び動かそうとしていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ピピピピ……とスマホのアラーム音が鳴り響き、夢の中にいたはずの私は一気に覚醒した。
時刻は6時45分。家を出る前の支度時間を逆算して、寝ていられる時間ギリギリである。
私はベッドの上で土下座のようなポーズをしながら身体を伸ばし、もっと寝ていたいと思いながらも渋々ベッドから下りた。
「……おはよぉ……」
居間へ向かい、習慣づいた挨拶をしても誰からも返事はない。このだだっ広い家に今住んでいるのは、私だけだからだ。
築50年以上は経っている、古い木造建築の平屋。
広い家の中には、居間にかけられた壁掛け時計のチクタクという音だけが響いていた。
綿矢こはく、23歳。独身・彼氏なし。今日は華金であるが、定時で帰れる保証は全くなければ終電で帰れる保証すらない、ブラック企業に勤めるしがない会社員だ。
私が中学生の時に両親は交通事故で亡くなり、私は祖父母の家で、祖父母と父の弟である叔父さんと一緒に暮らしてきた。
祖父母は優しく、時に厳しく天国にいる両親の分まで愛情を注いでくれたと思う。叔父さんは年齢の割に見た目が若くて、一人っ子だった私にとっては、なんだかお兄ちゃんみたいな存在だった。
自分達だって悲しくないわけないのに、両親を突然失い、悲しみに暮れていた私の側にいて心を癒してくれた大切な家族。3人がいなかったら、今の私はいないかもしれないと言っても過言ではない。
「みんな、いってきます」
手早く支度を終えた私は、居間に置かれた仏壇にゆっくりと手を合わせた。そこに飾られているのは、両親と祖父母の写真だ。
祖父母は最期まで仲が良く、祖父が亡くなってから数か月後に祖母も寿命で亡くなった。
もう一人の家族である叔父さんこと、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私の叔父、翠さんは元々フラフラしていて、何というか……つかみどころがない人だった。
あれ? いないなと思ったら、1週間後にひょっこり帰ってきてよく分かんない外国のお土産をくれたりして。翠さんの仕事ってなんなんだろうって、いつも不思議に思ってた。
だからまた今回も1、2週間くらいで帰ってくるだろうって思ってたんだけど、待てど暮らせど帰ってこないまま、もうすぐ1年が経とうとしていたのである。
「……結局分かんないんだよねぇ、翠さんの仕事」
なんとか終電に間に合って家に帰ってきた私は、居間の畳に寝そべりながら独りぼやいた。
警察に捜索願を出すべきなのか、真剣に悩んだ事も何度だってある。でもいなくなる前の翠さんが言ったんだ。
「俺が生きてるうちは、部屋に置いてある無駄にデカいブローチの宝石が、これまた無駄にギラギラ光ってるはずだから、心配すんな」って。
いくら放浪癖のあるいい歳をした叔父さんとはいえ、今ではたった1人の私の大事な家族だ。
「勝手に光ってるブローチって、そんなの絶対素材は石じゃないでしょ……ソーラー式とか? はは……魔法じゃあるまいし……」
よいしょと重たい身体を起こし、私は遅すぎる夕飯を済ませて、シャワーも浴びてしまおうと行動に移したのだった。寝る前の私の大切な趣味の時間を、少しでも多く残す為に。
「――おじゃましまーす……っと」
私は翠さんの部屋の襖をカラリを開けた。もちろん入室の許可はもらっている。ここに私がお邪魔するのは2つ理由があって、さっき話した翠さんの安否確認の為と、アクセサリー作りの為だ。
翠さんの趣味の1つにシルバーアクセサリー作りがあり、その流れで教わったのが私のアクセサリー作りのはじまり。
小学生だったから、簡単なものからねと言われて、初めて作ったのはビーズの指輪とネックレスだ。好きなシルバーのパーツを3つ選んで、ビーズと組み合わせていいよって言われた時は、すごく嬉しかったな。
「えぇと、まずは換気換気っと……」
日中は私も仕事で家を留守にしているので、このタイミングで思い出したように窓を開けた。閉めっきりもよくないしね。
季節は秋。ようやく涼しくなり、夜は本当に過ごしやすい。外が思いの外明るくて、思わず空を見上げると、まんまるなお月様がくっきりと見えた。
「あとは翠さんのブローチのチェック……ん?」
ふと目を向けると、不思議と翠さんの作業机にポンと置かれていたブローチの光り方が、なんだかいつもと違うように感じたのだ。
なんだろう……例えるなら、捨て猫が拾ってと訴えかけているような感じ……?
今まで私はブローチに触らないようにして、観察だけしていたのだけど(いや、万が一壊したりしたら怖いじゃない……?)、今日はゆっくりと慎重に、両手でブローチを持ち上げた。
正直気にはなっていたのだ。折角だからと顔を近づけて、ブローチにはめ込まれた石をまじまじと見てみると、すごく不思議な色合いをしていた。
「きれー……」
窓の近くに持って行き、満月の光に当てて観察すれば、その石は更に輝きを増したように見えた。
「あぁ、そっか。翠さんと同じ名前の色が混ざってるのかも。綺麗なエメラルド色だ」
その瞬間。ブローチが今までに見た事がないくらいに眩い光を放ち、私をそのまま飲み込んだのだった。
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