第4話 無防備すぎる後輩

紫と翠の二つの月が、不気味な光で夜の森を照らしていた。

湊と春香は、当てもなく、ただ静かに歩いていた。


腐葉土を踏みしめる音だけが一定のリズムで森に染みていく。


先ほどまでの絶叫が嘘のように、春香は黙り込んでいる。


正直、気まずかった。何を話せばいいのか全く分からない。

そして何より、視線のやり場に困る。


湊の視界の端で、春香の無防備なローブが、歩くたびに、ふわり、ふわりと揺れる。

湊は、努めて見ないようにしながらも、彼女の服装を改めて観察してしまっていた。


清純な白を基調とした、どこか荘厳な司祭の帽子(ミトラ)。

その姿は、まるで物語に出てくる聖職者のようだ。


彼女の手には、先端に青い宝石が埋め込まれた白木の杖が握られている。

それは、彼女の華奢な身体には少し不釣り合いに見えた。


そして、体の側面ががら空きの例のポンチョドレス。

聖職者のような装いとあまりにも扇情的な構造。


そのアンバランスな組み合わせが、この世界の異常さを何よりも雄弁に物語っていた。

歩くたびに、ローブの裾が揺れ、白い太ももが惜しげもなく覗く。


その気まずい沈黙を破ったのは、頭上から降ってきた楽しげな声だった。


「あーあ、見てられないですねぇ。先輩方、二人して何やってるんですか?まるで駆け落ちでもしてきたみたいですよぉ」


はっとして見上げると、太い木の枝に、一人の少女が腰掛けていた。

月光を浴びて、黒いボブカットが艶めき、その小悪魔的な顔立ちを際立たせている。


教室にいた後輩。綾辻楓だ。


彼女は、楽しそうに足をぶらぶらさせていた。


「綾辻さん!よかった無事だったんだ」


春香が、安堵したような声を上げる。

楓は、猫のようにしなやかな動きで、枝からひらりと飛び降りた。


その着地の瞬間、彼女が羽織っていた短いベストと、極限まで短いマイクロミニスカートが、ふわりと宙に舞う。

湊は、その一瞬、彼女のスカートの下に、黒い革紐のようなものが見えた気がした。しかし、月明かりの下ではよく見えない。見間違いだろう、と彼は無理やり思い込むことにした。


それにしてもスカートが短い。


「春香先輩、楓って呼んでください。それにしてもその格好、なかなか大胆じゃないですか。でも、私のほうがイケてますよね?」


楓がちらりと湊を見る。彼女は湊の視線が自分に釘付けになっているのを正確に理解していた。

彼女はその視線を楽しむかのように、わざとらしく腰に手を当て自分の体を二人に見せつける。


湊の視線は、まず彼女の上半身へと吸い寄せられた。

肩から腕を覆うのは、丈が胸の下までしかない、黒革の長袖ボレロ風ベスト。

そのベストの前面は常に開いており、その下は滑らかな素肌が露出している。


その滑らかな素肌の上を、一本の黒い革が走っていた。

指二本分ほどの幅を持つ、光沢のあるレザーハーネス。それは楓の胸の中心で、くっきりと十字を描いている。


横に走る革はベストの影の中へと消えていく。ベストのしたがどうなっているのか、湊には知る由もなかった。

そして、縦に走る一本の革。それは首元のチョーカーから始まり、胸の谷間を通り過ぎる。

そのまま、彼女の体の中心線を真っ直ぐに下っていた。


視線は、自然と下へ滑り落ちる。


引き締まった、滑らかな腹部。贅肉というものを一切知らない、若々しい肌のハリ。

その肌は、二つの月の妖しい光を浴びて、まるで上質な絹のように、なまめかしく輝いている。


そして、腰ではなく、骨盤のあたりから始まる、極限まで短いローライズの革のマイクロミニスカート。

それは、スカートというよりも、もはやただの装飾的なベルトに近かった。


その視線を、さらに下へと逃がす。


股下ギリギリのマイクロミニから伸びるのは、しなやかで健康的な太もも。

片方の太ももにはハーネスと同じベルトがまかれている。締め付けられた太ももが窮屈そうに見えた。

そして、その脚を包むのは、膝上までをぴったりと覆う、黒革の編み上げニーハイブーツ。

その全てが、綾辻楓という少女の、計算され尽くした「可愛さ」と「小悪魔性」を、完璧に体現していた。


革の黒と、肌の白。

黒いハーネスが拘束する、生身の柔らかな肉体。


「どうです、春香先輩?私の装備、イケてるでしょ?」


「え、あ、う、うん…楓ちゃんも、すごいね…」


春香は、たどたどしく答える。ちらりと湊のほうに目配せする。

その目には、まだ羞恥の色が残っている。


(…すごいね、じゃないだろ)


湊は心の中でツッコミを入れた。この二人、春香も、楓も、自分の服装になっていることに、何の疑問も抱いていない。まるで、それが当たり前のことであるかのように、振る舞っている。


三人の間に、奇妙な空気が流れた。

その時だった。


近くの茂みが、ガサガサと音を立てた。

そこから現れたのは、青く、半透明なスライムだった。ぷるぷると震える、ゼリーのような体が、月光を浴びて不気味に光っている。それが、一体、二体、三体と、次々に姿を現した。


「先輩たちは下がっててください」


楓の纏う空気が、一瞬で変わった。

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