第41話 毒蠍よりも恐ろしいのは、我が父なり
太陽が容赦なく照りつける砂漠地帯。足元は不安定で、歩くだけで体力がごっそり奪われていくさらにここにでるモンスターのほとんどが奇襲攻撃をしてくるため精神的にもきつい所がある。そんな過酷な環境のなか、レイシャ叔母さんの先導で進み続け、ついにダンジョンの奥――ボスが潜むエリアに到達した。
「お前たちはここで待っていろ。ボスは私が仕留める」
レイシャ叔母さんはそう言い残すと、ひとり砂地を進んでいった。今の俺たちでは足手まといだろう。ルビアやエリーナ、ミーナも顔に疲労が出ている。流石はEランクダンジョン。ランクが一つ上なだけでここまでとは思いもしなかった。
レイシャ叔母さんの背中を見送っていると彼女の背後の砂がもこもこと盛り上がる。そこから現れたのは、漆黒のサソリ型モンスターだった。体長は二メートルを超え、甲殻は紫に鈍く光り、いかにも毒々しい雰囲気を纏っている。
「あれは……
小さく呟いたのはリリシア。その表情は、どこか畏怖を含んでいた。
煌毒蠍は砂中から尾の毒針を跳ね上げ、レイシャ叔母さんへと襲いかかる。だが……。
「その程度じゃ当たらん。真正面から来なかったことだけは、褒めてやる。”ブレイクリミット”」
静かな声と共に、彼女の体が淡く紅く輝いた。”ブレイクリミット”――肉体の限界を超越する奥義。俺が未熟ながら使うと、自分にダメージが入る諸刃の剣のような技。だが、彼女は違う。完全に制御している。自身への反動が0に近い。昔聞いたが次の日少し筋肉痛になるだけとのことだ。
その拳が振り下ろされると、煌毒蠍の分厚い甲殻があっさりと砕け、モンスターは一瞬で絶命した。
あまりにも――あまりにもあっけなかった。Eランクダンジョンのボスとはいえレイシャ叔母さんにとっては雑魚でしかあないようだ。いつか俺もあんな風になれたら……。そんな事を思っているとレイシャ叔母さんから話しかけてきた。
「少しは参考になったか?」
「……えっと、すごすぎて参考にならなかった」
俺が思わず本音を漏らすと、レイシャ叔母さんは肩をすくめて笑った。
「お前に見せるために”ブレイクリミット”使ってやったんだぞ。もうちょい感動しろ!」
「いや、だって一撃で終わったし……」
「ふっ、まあいい。私が強すぎるだけだしな! ワハハ!」
その場に崩れた煌毒蠍の遺体は、粉々に砕けていた。だが、その尾の部分――毒針は、美しい宝石のように輝いていた。
「綺麗ですわね……」
エリーナの声に、全員が思わず見入る。
「お持ちしましょうか?」
「ミーナさん毒があるので危険ですよ!私が採取してくるので待っててください」
ミーナの発言にリリシアはそれを止めた。
紫の輝きは危険の象徴でありながらも、見る者を惹きつける魔性の美しさがあった。さらにその毒は薬にも利用できるらしいのでリリシアが慎重に毒を採取していた。ついでに毒を完全に除去した毒針をエリーナへ渡していた。毒を除去したためか輝きが鈍くなっている。それにしても、煌毒蠍の毒の採取なんて授業で習っていないのにできるなんてモンスターに関しての知識はやはりリリシアは凄い。
「よし、お前たち、帰るぞ。ダンジョンから出るまでは気を抜くな。それとアレン、帰りはお前が先導しろ」
「えぇっ!? なんで俺が!?」
「今日一番、役に立ってなかったからだ!」
「ひどっ……!」
言い返す間もなく、地図とコンパスを渡された。泣く泣く先頭に立ち、ダンジョンの出口を目指して歩き出す。目印の少ない砂原だ迷えば一巻の終わりだ。信用にコンパスと地図を睨みながら進んでいく。罠のない構造であることが唯一の救いだが、それでも油断は禁物だ。ここのモンスターは奇襲してくるからな。
そんなとき、後ろでレイシャ叔母さんとガイルが話しているのが聞こえてきた。
「……お前、モンスターが怖いんだろ?」
「っ……はい。どうしても……体が言うことを聞いてくれなくて」
「責める気はない。恐怖ってのは、誰だって持つものだ。私でも怖いさ。だがな、無駄に体を強張らせると、余計に動きが鈍る」
「……分かってるんですけど……。どうしたらいいのか分からなくて」
「だったら、もっと怖いものを思い出せ」
「怖いもの……?」
「たとえば、ヴァルト兄さんとかどうだ?たいていのモンスターより強いし。怒った顔なんて凄いぞ」
「…………ああ、それは確かに」
ふっと笑みを漏らすガイルの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
「お前は、それさえ乗り越えれば強くなるタイプだ。恐怖を感じてもいい、だが恐怖に支配されるな。それだけで、変わるぞ」
「……はいっ、ありがとうございます!」
真剣な眼差しで応えるガイルを見て、俺は心の中でそっと祈った。
――次は、全力を出せるようになってくれよ。俺たちはまだスタート地点に立ったばかりなんだから。
長かった砂の迷宮は、ようやく出口が見え始めていた。
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