第37話 家族と友の食卓

 母さんを探して家をふらふらしていると、道場と離れの方から叫び声が聞こえてきた……気がしたが、親父と姉さんがいるんだ、大丈夫だろう。そう思って気にせず、俺は母さんを探し続けた。


 庭ではエリーナとライオル兄さんがお茶を楽しんでいる。母さんも一緒かと思ったが、姿は見えなかった。急ぎではないので、気楽に探すことにした。


 ふらふらと歩いていると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。それに釣られてキッチンを覗くと、そこには料理をしている金髪のおおらかな雰囲気を漂わせる小柄な女性の姿があった。俺の母親、セレナリア・グレイバーンが、少し早めの夕食を準備している最中だった。


「ただいま、母さん」


「あら、お帰り、アレン」


「料理の準備にしては早くない?」


「アレンのお友達が来るんだもの。気合い入れて料理を作らないとね。ところで、お友達は?」


「各々、親父たちに連れて行かれたよ」


「まあ……大丈夫かしら?」


「ガイルっていう友達が親父に連れて行かれて少し心配だけど、親父も手加減するだろうし、問題ないと思うよ」


「無事を信じましょうか」


「そうだね。あと、俺も料理手伝うよ」


「久しぶりね、こうやって一緒に料理するのは」


 探索学園オルビスで起こった出来事を話しながら、母さんの料理を手伝う。そこそこ広い家だが、メイドや執事はおらず、ほとんどの家事を母さんが担っている。俺が家にいた頃は手伝っていたし、親父と兄さんは仕事で忙しいため家事はせず、ルナとセレナ姉さんが補助していた。まだ数か月しか経っていないのに、懐かしさが込み上げてくる。


 いつもよりも豪華な料理を作り終え、テーブルに並べる。ちょうどその頃、全員が集まってきた。ガイルとルビアはかなり疲れた様子だが、ちゃんと食べられるのだろうか?


「ルビアとガイル、大丈夫か? ご飯食べられるか?」


「大丈夫よ。というより、ご飯食べないと死ねるわね……」


 お疲れのルビアはかろうじて反応したが、ガイルは魂が抜けたような状態だった。よほど厳しい審査があったのだろう。


「親父、ガイルは大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。手加減はした。ガイル、といったな。お前、明日の朝も道場へ来い。来なかったら……分かるな?」


「は……はい。行きます……」


 どうやらガイルは親父に気に入られたらしい。そうでなければ、わざわざ道場に呼び出したりしないだろう。ガイルならきっと乗り越えられる。俺はそんなふうに思いながら、彼に憐れみの視線を送った。


 全員が席に着き、夕食が始まった。軽く挨拶を交わしてから、ゆっくりと食べ始める。さっきまでテンションが下がっていたルビアとガイルだったが、料理が口に合ったのか、次第に元気を取り戻していった。


「すごく美味しいですわ。ミーナも、立ってないで食べなさい」


「私はお嬢様のメイドですので……」


「いいから座って食べましょう? みんなで食べた方が美味しいですわよ」


 エリーナとミーナのやり取りの末、ミーナが観念して席に着き、共に食事を始めた。


「美味しいです。ぜひ、シェフにお会いしたいです」


「料理を作ったのは私よ。アレンにも手伝ってもらったけど」


「意外ですね。勇者の末裔の奥方なら、メイドなどに任せているのかと思いました」


 ミーナは、母さんが自ら料理を作ったことに驚いた様子だった。


「この家には、そういった方々はいないのよ。ほとんどの家事を私が担当ね。たまに娘たちも手伝ってくれるけど」


「雇わないのですか?」


「雇っちゃうと、私のすることが無くなっちゃうから。戦闘ができない私にとって、家事が唯一、家族を支えられる手段なんなのよ」


 母さんが少し寂しそうな表情を浮かべる。


 母さんには勇者の血は流れていない。ただの村娘だった彼女に、親父が一目惚れして結婚したという。当時は猛反対されたそうだが、俺が生まれる前の話で詳しくは知らない。ただ、それがきっかけで、親父と祖父の関係が悪化したという話は聞いたことがある。


「母さん、そうやって自分を卑下するな。君は十分、家の役に立っている。世界は力がすべてじゃない。君みたいな温かい心も、大事な力だ」


「お父さん……」


 親父と母さんが見つめ合い、なんだか甘ったるい雰囲気が漂い始めた……と思ったそのとき、ライオル兄さんが咳払いをした。


 はっと我に返った二人は、慌てて目をそらして食事を再開する。いちゃつくのは結構だが、俺たちの前でやるのは勘弁してほしい。


「ところでアレン、そこの三人のうち、誰がガールフレンドなの?」


 母さんが急にとんでもない爆弾を投下してきた。俺は飲んでいたスープを気道に詰まらせ、盛大にむせ返った。


「全員友達だよ!」


「そう、残念ね。貴方たちはどう? アレンはいい子よ?」


「母さん、なに聞いてんだよ!」


「いいじゃない、別に恋バナくらい。ライオルもセレナも浮いた話がないし、ルナは薬草しか興味ないし……こんな話、なかなかできないのよ」


「知らないよそんなこと……俺の前ではやめてくれ」


「アレンの前だとダメなのね。そうだわ、全員お風呂に入ったら、私の部屋に来てちょうだい。いろいろ話しましょ? もちろん男子禁制だからね」


 なにやら面倒なことになりそうな予感がする。でも……ここはもう、友達を信じるしかない――。


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