第2話 マリアンヌ

 

 リディアがローザリンデの街を出てから、約10日後。

 エルフ国の南にあるフィンシスの領主館内の、アンティーク風の調度品が飾られた広々とした応接室にて。



「リディア! あなたどこに行っていたのよ!」



 リディアは、銀髪青目の勝気そうなエルフの娘――従妹のマリアンヌに、涙ながらに抱き着かれていた。



「本気で心配したのよ! 帰国してきたらいないし、何度王宮に問い合わせてもはぐらかされるし、手紙の返事も帰ってこないし!」

「ごめんなさい。色々事情があって、お手紙もらってないの」



 リディアが申し訳なさそうに謝ると、マリアンヌがため息をついた。



「何となくそんな気がしていたわ。色々おかしかったもの」



 そして、「とりあえず座って話しましょう」と、リディアにソファを勧めて、ふと、少し離れたところに立っているレオハルトに気が付いて、不思議そうな顔をした。



「お連れの方?」

「ええ。一緒に来てもらった人族のレオハルトよ」



 リディアがパチンと指を鳴らすと、レオハルトの幻影が解け、黒髪赤目に戻る。


 マリアンヌは一瞬驚いたような顔をするものの、すぐに余所行きの顔になると、丁寧にお辞儀をした。



「リディアの父方の従姉、マリアンヌですわ。この度はリディアがお世話になりまして、本当にありがとうございます」

「レオハルトです。こちらこそお招きいただきましてありがとうございます」



 レオハルトも礼儀正しく挨拶をする。


 その後、レオハルトとリディアは並んでソファに座った。

 正面に座ったマリアンヌが、メイドを1人呼ぶと、お茶と軽食を持って来させる。



「あのメイドは私の腹心だから、話が漏れる心配はないわ」

「ええ、ありがとう。マリアンヌは相変わらず用心深いわね」

「もう! リディアがぼうっとし過ぎているのよ!」



 マリアンヌと以前と変わらぬ会話を交わしながら、リディアは思わず微笑んだ。

 彼女が全く変わっていないことに安堵を覚える。


 やがて、お茶とサンドイッチが運ばれてきた。

 マリアンヌは、それを「どうぞお食べになって」と2人に勧めると、改めてリディアに尋ねた。



「お2人の関係を聞いてもいいかしら?」

「ええ、もちろんよ」



 久々のエルフ風サンドイッチを頬張りながら、リディアが上機嫌でうなずいた。



「わたしとレオハルトは――」



 以前、エルドに聞かれた時のように「姉と弟みたいな感じよ」と答えようとして、



(……?)



 彼女は言葉に詰まった。

 何となく「姉と弟」ではない気がする。


 考え込むような表情のリディアに、マリアンヌが首をかしげた。



「どうしたの?」

「……改めて考えると、どんな関係なのか、よく分からないなと思って」

「……え?」



 真面目な顔で答えるリディアに、マリアンヌがポカンとした顔をする。

 そして、冷静な顔でお茶を飲んでいるレオハルトの方を向いた。



「あなたはどう思っているの?」

「あともう1押しか2押しくらいの関係だと思っています」



 レオハルトがサラリと答えると、マリアンヌが合点のいったような顔をした。



「なるほど、そういうことね。……ごめんなさいね、レオハルトさん。この子、エルフの中でも特にのんびりしていて」

「いえいえ、そこがまた良いところだと思っています」



 そんな会話をする2人を、リディアは、もぐもぐとサンドイッチを食べながらながめた。

 大好きな2人が意気投合する様子に、とても嬉しい気持ちになる。


 そして、最近の天候など、差しさわりのない話をすること、しばし。

 リディアは、思い切って尋ねた。



「父上の病状はどんな感じなのかしら」

「国王陛下の?」



 マリアンヌが首をかしげた。



「ここ最近あまり良くないという話は聞いているわ。でも、病状というほどではない気がするわ。来週叙勲式の予定があるし」

「……そう」



 リディアは複雑な気持ちになった。

『エルフ国王が重病』というのは、レオハルトの言う通りデマかもしれない、と思う。


 マリアンヌが真面目な顔をした。



「ところで、リディアはどうしてセレニア共和国に行ったの? あなたに関しては色々な噂が飛び交っていて、何が何だか全く分からないのよ」

「そうなのね」



 リディアは改まったように座り直した。



「では、最初から話していくわね。少し長くなるわよ?」

「もちろんかまわないわ」



 マリアンヌが望むところだという風にうなずく。



「では、まずは10年前に父上に謁見の間に呼ばれたところから話すわね」




 ――この後、3人は応接室にこもって話をした。


 途中で、リディアが新しい生活について話をして脱線したところを、レオハルトがフォローしたり、

 リディアが10年間生贄として“静寂の巨木”に幽閉されていたと聞いたマリアンヌが



「キー! 何よそれ!」



 と、激昂して収取がつかなくなったりと、話の本筋以外のところで時間がかかる。



 そして、ようやく全ての話が終わった頃には、日がすでに傾きかかっていた。





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