第9話 冬から春へ、そして不吉な影

 

 冬祭りが終り、冬が一気に深まった。

 雪の量が増え、朝起きると雪が窓枠の近くまで積もっていることもあった。



(すごい、雪ってこんなに降るのね)



 雪が嬉しくて、リディアはよく外に出た。

 本の挿絵で見た雪だるまを作ったり、小さな雪のウサギを作ったりする。


 こんな雪で動物たちも食べるものがないのではないかと心配していると、レオハルトが窓際に食べ物を置く台を作ってくれた。

 そこに穀物や果物などを置くと、小鳥やリスが代わる代わる来るので、それをながめるのも冬の楽しみの1つになった。


 雪が少ない日は、2人で街に出掛けた。

 薬を卸し、買い物や食事をして家に帰る。


 雪が多い日は家にこもり、新しい薬を開発したり、料理をしたりする。


 レオハルトは、よく外に出掛けた。

 雪山は良い特訓場所になるらしく、剣を振るったりして体を鍛えているらしい。




 ――そして、こんな感じでまったり過ごすこと、数カ月。


 ようやく春の兆しが見え始めた。

 寒さが和らぎ、雪が解け始める。


 固いつぼみがついた庭の木々を見上げながら、リディアは目を細めた。

 10年振りの来春に、思わず目が潤む。



(なんだか、ようやくあの巨木から抜け出せた実感が湧いた気がするわ)



 そして、その数日後。

 リディアはレオハルトと共に、冒険者ギルドに向かっていた。


 雪が解けてややぬかるんだ道を慎重に歩きながら、リディアが口を開いた。



「そろそろお金も溜まったし、薬屋を開くことを考えたいわ」

「いいですね。どんな店にするんですか?」



 そうね、とリディアが考え込んだ。



「よくある回復薬は冒険者ギルドに卸して、お店ではオーダーメイドのお薬を出すのはどうかと思っているの」



 昔父に作っていたような、体調を整えたり、慢性的な痛みを取り去るような、そんな薬を作ったら喜ばれると思うのだ。


 レオハルトが赤い目を細めた。



「いい考えだと思います。協力します」

「ありがとう」



 リディアが嬉しそうにレオハルトを見上げる。



 2人が街に到着すると、街では春の準備が始まっていた。

 冬の間傷んだ屋根を直したり、汚れた看板を綺麗に拭いたりしている。


 そんな様子をながめながら冒険者ギルドに行くと、嬉しそうな様子のエマとハンナが待っていた。



「特許が通ったわよ!」

「え! すごいわ!」

「ん。すごい」



 3人は、今後について話し合った。

 とりあえず、ここの冒険者ギルドにお試し用を置いてみて、反応を見てみよう、という話になる。


 そして、いつも通りお茶をしてから受付ホールに戻ると、端の方にあるテーブルで、レオハルトがギルド長と何かを話していた。

 見たこともないほど深刻な顔をしている。



(どうしたのかしら)



 ベンチに座って待っていると、話が終ったレオハルトが歩いてやってきた。

 顔は険しく、手には何か紙を持っている。



「どうしたの?」



 心配して訪ねると、レオハルトが優しく微笑んだ。



「何でもありません。ちょっと厄介な魔獣が出たという話でした」

「そうなの? もしかして近く?」

「いえ、まだそこまで近くはないようですので、心配要りませんよ」



 レオハルトに促されて、リディアは外に出た。

 春の街を歩き回ったり店に入ったり、いつも通り過ごすものの、レオハルトがどこか考え事をしている風だ。



(どうしたのかしら。魔獣が気になっているのかしら)



 やや心配しながらも、一緒に家に戻り、「お茶を淹れるわね」と台所に向かう。




 *




 リディアが台所に歩いていくのをながめながら、レオハルトはポケットに手を入れた。

 取り出したのは、先ほどギルド長からもらった紙だ。


 そこには、こんなことが書いてあった。


 ――――

 上級冒険者向け、特別依頼

 下記人物を探し、見つけ次第ギルドに報告する


 種族:エルフ

 性別:女性

 外見:人族の18~20歳くらい、銀色の髪、青い瞳、

 特徴:エルフ耳、右の眼もとにホクロあり

 ――――


 レオハルトは冷静に紙を見た。

 どう見ても、これはリディアだ。


 ギルド長によると、これは本部から回ってきた極秘依頼で、公にしたくない場合にこういった手段を取るという。


 レオハルトは、紙をぐしゃりと握った。


 幸いなことに、リディアはこの街に来てすぐに髪と目の色を変えている。

 耳も隠しているし、ホクロも消している。


 ギルド長も気づいていないようだし、このままそっと過ごしていればバレることはないとは思う。

 だが、一体誰がこんな依頼をしたのかは特定しておく必要があるだろう。



「……まあ、何となく想像はつくがな」



 彼は冷静にそうつぶやくと、紙を暖炉の火に近づけた。

 燃え尽きるまで手を離さずに見守る。


 そして、全てが灰となったのを確認した後、息を大きく吐いて心を静めると、リディアのいる台所へと歩いていった。



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