第6話 10年後

 

 厳しい冬は過ぎ、季節は春になった。

 そこから、また春が過ぎ、夏が来て、木々が紅葉した後に、また寒い冬が訪れる。


 その間、リディアは何度も外に出る努力をしたが、全て失敗に終わってしまった。



「……これはやっぱり2人を待つしかないのね」



 そんな結論に至り、彼女は開き直ってマイペースに生活を続けた。

 小さな動物たちとお茶会を開いたり、料理や薬の研究をしながら過ごす。


 しかし、待てど暮らせど、ヴェロニカたちは一向に現れない。




 ――そして迎えた、10回目の春。

 若葉色の巨木の中で、リディアは鏡の前に座って、腰まで伸びた髪をとかしていた。



(ずいぶんと伸びたわね)



 ここに来た時は、肩くらいだったのに、と思いながら、彼女は髪を編み始めた。

 毛先まで編み終えると、そばにいたリスが「どうぞ」とでも言うようにリボンを差し出してくれる。



「ふふ、ありがとう」



 リディアは微笑みながらリボンを受け取ると、髪を結わえた。

 ふと、壁を見上げると、そこには日付を記したメモが貼られている。



「もう10年経つのね……」



 彼女は小さくため息をついた。

 ゆっくりと立ち上がり台所へ向かうと、そこに並べられたたくさんのジャムの瓶を見つめながら、深いため息をつく。



「時間がありすぎて、作りすぎちゃったわ」



 1人ではこんなに食べられないわよね、とつぶやきながら、彼女は足元のうさぎを抱き上げた。

 目を潤ませながら、その白くふわふわな毛皮に頬を寄せる。



「……わたし、ここから出られるのかしら?」



 足元に、小さな動物たちが集まってきた。

 心配そうな瞳でリディアを見上げる。


 その可愛らしい様子に、彼女はくすりと笑うと、目の端の涙をぬぐった。



「ふふ、ありがとう。大丈夫よ。今日はおやつに、くるみのクッキーを焼くわね」



 そう言いながら、しゃがみ込んで動物たちをそっと撫でる。

 そして、クッキーを作ろうと台所に向かおうとした――そのとき。




 ドゴンッ!




 大きな音が巨木内に響き渡った。

 木が大きく揺れ、棚から本がばらばらと落ちる。



「キャッ!」



 リディアは思わず机につかまった。音の方を見ると、煙が立ち込めている。



「なに!? 何が起きたの!?」



 魔法の杖を手に、慌てて煙の方へ向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。



「え? 壁に……穴? それと人……?」



 リディアがいくら魔法を試みてもびくともしなかった壁に、大きな穴が開いており、その向こうに誰かが立っているのが見えた。


 彼女が呆然としていると、その人物が穴を越えて中に入ってきた。


 それは美しい黒髪と涼しげな赤い瞳をした端整な顔立ちの青年で、背が高く大きな剣を携えている。


 彼はリディアを見つけると、嬉しそうに目を細めた。



「リディア、会いたかった!」



 そして、驚きで言葉も出ない彼女の前にひざまずくと、嬉しそうにリディアを見上げて言った。



「遅くなってごめん。約束通り迎えにきたよ」



 リディアは目をぱちくりと瞬きながら、驚いたように尋ねた。



「ええっと、あの、あなたは……?」



 青年は目を細めて微笑んだ。



「レオハルトです」

「え!」



 リディアは驚きのあまり目を見開いた。



「レオハルト! あなた、大きくなったのね!」

「はい、もう18歳です」



 レオハルトは照れくさそうに笑いながら立ち上がると、リディアの手を取った。



「さあ、ここから出よう」





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