第18話 航路の果てに 灼熱の大地へ

「ホーリテレポート♡」


ティアが聖杖リュミエールを掲げると、神聖な光が一行を包み、次の瞬間、視界が一気に白く染まった。


「うおっ……」


光が晴れると、そこは元のシェルヴァニア港。港の広場に、無事なカルド船長の姿が現れたことで、たちまち人々の歓声が巻き起こる。


「おお、船長! ご無事で!」


「よく戻ってきてくれた! これで航路が開ける!」


涙ながらに抱き合う港の船員たち。人々の顔に安堵と感謝の表情が浮かぶその光景を、佐伯は少し離れたところから静かに眺めていた。


「……世直し旅に出て、よかったと思うよ、ほんと」


小さくつぶやいた彼に、そっと肩を並べるルシア。彼女の小さなペンダントがかすかに光り、その胸元から「エファ」がひょっこりと顔を出す。


「よかったな、坊主」



その横で、ティアと澪がさっそく口喧嘩を再開していた。


「ったく、アンタの神聖魔法、ちょっと遅いのよっ!」


「ちょ、ちょっとぉ〜? 澪ちゃんだって、魔法詠唱遅れてたくせにぃ。」


「う……!」


「はいはい。旅の始まりからこれかよ……」セルグが気怠げに頭をかく。


「でも、悪くないわね。こうやって誰かに感謝されるのは」リオーネが肩で笑う。


和やかに港が沸くなか、カルド船長が改めて頭を下げる。


「君達のおかげで命拾いした。礼は言いきれん。……よければ、出航前の準備に付き合ってくれ。」


「もちろんです」佐伯はうなずいた。



船が出るまで、半日ほどの猶予があった。


その間、一行は港の街で買い物をすることに。道具屋に入ると、活気のある声が飛び交っていた。


「いらっしゃい、旅人さん。薬に武具に、取り揃えてるよ!」


ルシアがすっと目を引く小瓶を手に取る。「これ、魔力回復薬?」


「はい、珍しい《風属性特化》のやつです。高いけど、効きますよ」


「……買っといた方がいいね。澪さん、どう思う?」


「うん。私も一応予備持ってるけど、ないに越したことはない」


その隣では、ティアが小さな布袋を抱えていた。


「勇者サマ♡ これ可愛いでしょ? 旅のポーチにぴったりぃ♡」


「……そっちはそっちで旅を満喫してんな」


リオーネは真剣な表情で新しい剣を吟味していた。セルグはというと、鋳鉄の大剣のバランスを片手で測っていた。


「どうせまた重いの持つんだろ。……やれやれ」


佐伯も、新しい軽量の防具と、剣用の補助具を手に入れた。装備を整えることで、いよいよ“旅が始まる”という実感が湧いてくる。



そして日が暮れる頃、港には再び多くの人が集まっていた。


「出航準備完了!」


カルド船長が甲板から手を振る。


「さぁ、いよいよね♡」ティアが嬉しそうに佐伯の腕に絡む。


「次の大陸か……大丈夫かな」澪が小さくつぶやいた。


「なあに、心配ご無用よぉ♡ あたしがついてるんだからぁ〜」


「余計心配なんだけど……!」


出航の鐘が鳴り響く。木製の舷側から波が白く跳ね、風が帆をなびかせる。


佐伯は、空を仰いだ。


この旅の果てに、何が待っているのか――それはまだ誰にもわからない。けれど、確かに仲間とともに進んでいるという手応えがあった。


「目指すは――ヴォルク大陸!」


「おうよ、船出だ。派手にいこうぜ」セルグが笑い、剣の柄に手を置く。


船は静かに、しかし確かに、青い海へと滑り出した。



シェルヴァニア港を後にし、佐伯たちが乗ったアクア・ヴァレン号は、白い帆を風に張りながら、ゆったりと碧い海を進んでいた。


「な、なんつー船だ……」


リオーネが目を丸くして言ったのも無理はない。


全長百メートルを優に超える豪華な外装、艦橋には鐘と羅針盤、木目が美しい甲板は磨き上げられ、何層にも分かれた客室と貨物室――豪華客船と見まがうその姿に、旅人というより貴族でも乗っていそうな印象すら受けた。


「これは……王城の執務室より広いわね」澪が呆れたように言う。


「カルド船長、あんた一体どこでこれ作ったんだよ……」


流石のリオーネも呆れた


「ふはは、そりゃあ企業秘密だな。まぁ、何十年もかけて集めた資金と仲間の技術だよ。わしの誇りさ」


得意げに鼻を鳴らすカルド船長に、佐伯も素直に感嘆の息を漏らす。


「ほんと、すげぇな……」


「うふふ♡ このベッド、ふかふかぁ♡ 船の中とは思えないわぁ♡」


「……ベッドはまだ見てないけど、ティアってやっぱりそういうとこ真っ先に確認するんだな」


佐伯は感心する


「だってぇ♡ 女の子は快適さが大事なんだもん♡」


船内散策と食堂の夕景


「さて、腹減ってないか? 食堂行こうぜ」リオーネが拳を鳴らす。


「お、いいね。俺もちょうど腹減ってたところだ。」


セルグがいつもよりやや気のある声を出した。


船内食堂は、大広間のような広さがあり、分厚い木製の長テーブルが何列にも並んでいる。天井には明かり石のランプが並び、薄明るく温かみのある光を放っていた。


食事は、船の厨房で用意された魚介と野菜を中心とした温かいメニュー。香草の効いたスープ、白身魚のグリル、香ばしいパン。

それらが次々とテーブルに運ばれてくると、自然と笑顔が広がる。


「美味しい……」

ルシアが微笑むと、ペンダントから顔を出していたエファも、ちらっと魚を見つめた。


「……なんだ ボクのは無いのかい?」


エファはからかい気味にルシアに言う


「もう……仕方ないなぁ、エファにはこれ、はい」


澪は、静かにナイフとフォークを動かしていたが、隣に座ったセルグがぽつりと話しかける。


「なぁ。おまえ、こういう“普通の時間”って、慣れてんのか?」


「え?」


「いや、魔術師で、王女で……ほら、いろいろ背負ってそうな顔してるだろ、おまえ」


「……あんまり、慣れてないかも。食事のときにこうして誰かと並んで座るのも、こっちに来てからだし、

食事はお父様とお母様と弟と食べていたわ。」


「そうか」


セルグはそれ以上何も言わず、黙ってパンをちぎった。


けれど澪は、心が少し軽くなっていた。短い会話の中に、干渉しすぎず、でもそっと寄り添うような温度を感じたからだ。



それぞれの部屋へ、夜の小話


食後、それぞれの部屋へと戻る一行。


船内には複数の客室があり、それぞれが2人1部屋に割り当てられた。


「やったぁ♡ リオーネ姉と一緒〜 安心〜♡」


「お前さ、また布団蹴っ飛ばすなよ? 」


「えぇ〜♡ 寒くなったら一緒にくっつけばいいじゃ〜ん♡」


「バカ、言ってろ!」


澪は一人部屋に戻ったが、机に置かれた小さな水晶玉を見つめながら、心を落ち着けていた。

窓の外では、月明かりが海を照らし、船は静かに波を切って進む。


(あの人……佐伯君は、どんな想いで今の旅に向き合っているんだろう)


彼女は、この旅の“目的”を胸に秘めていた。

それは、王命であるこの世界の秩序を取り戻すこと

でも、それだけではない。


(……きっと、あの人が、この世界で生きていけるように――)


そう願う自分が、確かにいた。


甲板にて、静かな時間


その頃、佐伯は甲板に出て、夜風に吹かれていた。潮風が心地よく、波の音だけが耳に届く。


「……こうして、静かに海を見るのも久しぶりだな」


甲板には誰もいないと思ったが、不意に背後から声がした。


「眠れないの?」


「……澪か」


「うん。少し、夜風にあたりたくなったの」


二人は並んで、波のきらめきを見下ろす。


「この旅、どう思う?」


「んー……どうって言われてもな」


「怖い?」


「……正直、まだわかんねぇ。でも、少なくとも――お前らと一緒なら、悪くないって思える」


澪は微笑んだ。


「うん、私も、そう思う」


どこか不器用で、けれど誠実なその言葉に、心が少しずつ溶けていくようだった。


そして二人は、しばし無言で海を見つめ続けた。


やがて潮風が、ふわりと少女の黒髪を揺らした



──翌朝。


「あと数時間で着くそうだよ!」


リオーネの声に、佐伯たちはパンとスープの朝食を終え、急いで甲板へと出た。

すでに乗船客たちも数多く集まっており、甲板は小さな賑わいを見せていた。


「見て……あれ」

澪が静かに指差す先に、水平線の向こう、かすかに見える大地があった。


「うお……あれが、ヴォルク大陸……」佐伯が呟いた。


まるで巨大な壁のように、遠くに広がる金色の砂丘。風に揺られ、砂が細波のように流れているのが見える。


「きゃー♡ やっと陸地だぁ」ティアがぴょんと跳ねた。


「お前、砂漠だぞ? 足とられてすぐバテるんじゃないのか?」セルグがやや呆れた声で突っ込む。


「なによぉ 私だってちゃんと歩けるもん♡たぶん・・・」


「たぶん、って言ってる時点でもうあやしいんだけど……」と澪が眉をひそめる。


そんなやりとりに、周囲の空気もやや和んでいた。


船が港へと入ると、白い帆を畳み、徐々にスピードを落としていく。

接岸と同時に、タラップが下ろされた。


「……さて、じゃあいくか」


佐伯たちは荷物をまとめ、順番に下船した。


ヴォルク大陸・第一の街『ザラハーン』


港町ザラハーン。ヴォルク大陸でも比較的大きな交易拠点として知られる街だ。

とはいえ、他の大陸と比べると風景は全く異なっていた。


街全体が砂に覆われ、家屋の多くは低く、石と粘土で作られたドーム状の建物ばかり。

強い陽射しを遮るため、布や日除けのタープがあちこちに張られていた。


「すっげー……全部、砂色だ……鳥取砂丘か?」佐伯が目を見張る。


「日差しが容赦ないな。風が熱い」リオーネも額に汗を浮かべていた。


「日傘があったらいいのにね……」ルシアがぽつりと呟く。


「ふふん あたしはちゃんと日焼け止めの魔法、準備済みよん♡」

「……それって神聖魔法なの……?」澪がやや引きつった顔でツッコむ。


情報収集


一行は街の中心部にある広場へ向かい、まずは聞き込みを開始した。


「火の精霊の目撃情報か……そもそも、この大陸で精霊の痕跡はあるのか?」佐伯が腕を組む。


澪が地図を広げ、街の長老や旅人たちの話を照らし合わせていく。


「このヴォルク大陸は、ほぼ全域が砂漠。まともに徒歩で横断するなんて不可能だって……」


「……だろうな。昼は灼熱、夜は氷のように冷える。魔物も凶暴で、普通の人間じゃまず耐えられないって話だ」


セルグが、街で聞いた内容を重ねる。


「でも、その代わりに“砂駆け(すなかけ)”っていう乗り物があるらしいわ」澪が言った。


「ラクダ……みたいなやつか?」


「うん。身体は馬みたいに大きいけど、足が太くて広がってて、砂に沈まないようになってるらしい。こっちでは“ランティア”って呼ばれてる」


「ふーん♡ なんかカワイイ名前♡ 乗れるかなぁ〜♡」ティアが腕を組んでニコニコしている。


「ただ、そこそこ値段が張るらしい。しかも、扱いに慣れてないと暴れるとか」


「でも、無きゃ進めねーしな……買うしかねーか」佐伯が決断を下す。


砂の騎乗獣・ランティア


郊外にある牧場のような施設で、ランティアの売買が行われていた。


「うお……でけぇ」


ランティアは、茶色の短毛に覆われた、丸い背中を持つ動物だった。

首はやや長く、瞳が大きくおっとりとした顔をしている。


「毛並みも悪くないな。脚もしっかりしてる」セルグがじっと観察する。


「一人用の個体と、二人乗り用の個体がありますよ」と商人が説明する。


「じゃ、ルシアは私の後ろね。慣れてないでしょ?」リオーネが軽く笑った。


「……うん、お願い」ルシアが小さく頷いた。


「ティアは……大丈夫か?」佐伯が心配そうに聞くと、


「うふふ♡ 勇者サマsが心配してくれるなんて〜♡ 大丈夫よぉ♡ わたしも一人で乗れるわ♡」

「心配というより、何かやらかす気しかしないだけよ」澪が小声で突っ込む。


最終的に、ランティアは全部で4頭購入され、それぞれの荷物を積んだうえで騎乗の準備が整った。


灼熱の地へ出発


街の門を出ると、そこは一面の砂の世界だった。


風が吹く度に砂が舞い、遠くの視界が歪む。


「じゃ、出発するか……!」佐伯が息を吸い込む。


「迷わないように、あたしが前に出る。地図と方位を頼りに進めば、途中にあるオアシスに着くはずよ」澪が前に出た。


リオーネの後ろで、ルシアが小さく背を丸める。


「だいじょぶだよ、ルシア。あたしがついてるし、あいつらも強いから」リオーネが後ろを振り返る。


ルシアはエファのペンダントにそっと触れ、微笑んだ。


太陽がじりじりと照りつける中、砂を蹴り、ランティアに乗った一行は進み始めた。


灼熱の風が吹くこの地で、火の精霊が本当に存在するのかはまだわからない。

だが確かに、仲間の背中が、自分と同じ方向を向いて進んでいる――その事実が、何よりも心強かった。


(行こう……この世界をもっと知るために。未来を、掴むために)


佐伯は、目の前の果てない砂丘を睨みつけた。

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