魔術師
魔術師?
そんなもの存在するはずがない。
僕が今体験しているものが魔術だとでも言いたいのか?
いや、落ち着け。
今重要なのはそこじゃない。
魔術のことを信じる必要はない。
こいつは結局大事なことを答えていない。
「違うだろ?今聞いているのは僕がなぜ拉致されて監禁されているかだ。さっさと答えろよ」
「…まだわかってないんだ。すでに伏線も話の流れも作ってあげたのに。その察しの悪さには驚愕だね。物語に対する読みというものができていない」
「けど、まぁいいか、教えてあげるよ、けどお前がそれを理解できるのは痛みを感じた時だけだ」
「君は、魔術師だ」
いったい、お前は、さっきから……何を……
「僕のことを馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!そんな子供騙しの説明で納得できると思ってたのか!?なにが魔術だ!!何が魔術師だ!!!そんな馬鹿げたことを僕に言うために拉致したのか!?」
「馬鹿げたことねぇ……いや、まぁいいよ、お前は理解せざるを得ないんだからね」
その時、バシャンという音が扉の奥から聞こえた。
「今、術式を解いたから通れるはずだよ。一度扉から出てくるといい。どうせ出口も入口もそこしかないんだからね」
怪しい。
しかし今の僕は何できない。
一歩、もう一歩進んでみる。
進めなくなることはなく扉の前まで行くことができた。
僕はドアノブに手を伸ばす。
ドアノブのひんやりした感触。
それが僕に、これは現実なんだと伝えてくる。
僕はそんか考えを振り払ってドアノブを捻り扉を開ける。
扉の先は広い空間だった。
先ほどの小部屋と比べてずいぶん広い。
小学校の体育館ぐらいはあるように思える。
その部屋の奥では見知らぬ女性が立っていた。
その女性はずっと僕のことをじっと見つめている。
まるで僕の動きを観察しているかのように。
「さぁ、礼賛、ここでは君に痛みを感じてもらう」
なんの前触れもなく部屋に音が響く。
「痛み?」
「言っただろう?痛みだけが君に理解を与えてくれる。そして魔術師として必要な作業なんだよ。死に瀕した時のみ魔力の蓋は壊される」
「はぁ?」
「じゃ、次話す時は魔力が目覚めた時だから」
声がなくなる。
「さて、始めましょうか」
部屋の奥にいる女性が話し始めた。
「先ほどの部屋であなたはすでに魔術を一つ体験しているはずです。
彼女の右手のところに杖が現れる。
その杖先は一僕に向けられた。
瞬間、青い閃光が杖先で煌めく。
何かが空気を割く音が僕の耳に到達した時、僕の右肩が押される。
そしてそのまま後ろの壁に背中をぶつけた。
「嗚呼あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!!?!!?」
背中をぶつけたことによる鈍い痛み、それを遥かに凌駕する右肩の鋭い痛みが僕を襲った。
なんだこれ、おかしいだろ。
僕は右肩に触れる。
冷たい感触。
血ではない。
今度は自分の目で右肩を確認する。
その右肩からは血は一滴も出ておらずただ何かの液体で学ランが濡れているだけだった。
「私の魔術は洗礼術式。私が操る水に洗礼の意味を持たせています。罪を清めるための技であり本来であればただの人間には意味をなさない技です。ただし私は相手の罪を拡大的に解釈し相手に痛みを与えることに成功しました。つまり何が言いたいかというと」
目の前の魔術師は杖先を僕に向けて言う。
「あなたはこのままだと簡単に死ぬということですよ」
杖先から水が放たれる。
僕は身体を無理矢理右に動かし避ける。
しかしそのまま倒れてしまった。
「対応速度は素晴らしいですが、対応自体は杜撰ですね」
今度は杖先ではなく彼女の周りに無数の青い小さな光が出現する。
まずい、あれ全部くらったら、痛いじゃすまない!
僕はすぐさま立ち上がり次の攻撃に備える。
何か、何か相手の攻撃を防ぐ方法は……
相手の攻撃は水。
今の僕にあるものは……
僕はそこである可能性に気づく。
洗礼の条件は身体に水が触れることだけじゃ無いんじゃないか?
しかしあの時痛みを感じなかったのは……
そうか、それなら納得できる。
これなら、いけるかもしれない。
「何か考えているようですが、これで終わりです」
彼女の周りで止まっていた無数の青い光が一斉に動きだす。
僕を襲うために一直線に向かってくる。
僕はそれらが僕に触れる前に、着ていた学ランを脱ぎ自分の前で広げる。
バンバンという激しい音と共に学ランを構える腕に衝撃が伝わる。
しかし、あの時のような鋭い痛みは無い。
数秒後、腕に走る衝撃が消えた。
「驚きました、よく防ぎ切りましたね」
僕は学ランを持つ腕をおろす。
僕はあの水を防ぐために学ランを盾にしたのだ。
この作戦が通じると考えたのは僕の肩に水が当たった時に痛みを感じたこと。
学ランの肩に水が直撃したのに痛みが感じたのだ。
しかし着ているものに命中しないと意味はないだろう。
もし過去に一度着た物でも対象になるならわざわざ僕を攻撃する意味がない。
僕の家にある靴下でも拝借すれば良いのだから。
「呆れましたね。いくら学ランを盾にしても、その学ランに触れた水を操って貴方を学ランで縛れば私の勝ちなんですよ?」
「いや、それはない。肩に直撃した水に手で触れた時、手は痛まなかった。お前は自分の操る水に洗礼の効果を与えるんだろう?もしあの水を操れるなら洗礼の痛みがあるはずだろう?」
「……」
彼女は俯いて黙ってしまった。
ここからどうするべきか。
攻撃の手段はない。
パンチとキックぐらいなら出来るかもしれないが、やったことがないのでわからない。
「……ふふ」
僕が攻撃手段を考えている時、その音は彼女の口から発せられた。
「ハハハハハははははははははははは!!!!!!!!!!」
信じられないほど大きな笑い声。
その時、持っている学ランが
そしてそのまま腕ごと腹に巻きついた。
「な、なんで」
「魔術を何にも知らないど素人にしてはなかなか良い読みでしたよ。確かに貴方の言うことの多くは的を射たものです。貴方が肩に触れた時、その水が私の指揮から外れていたのは貴方の読み通りです、、、ですが、もう一度指揮下に戻すことができないなんて、誰も言っていませんよ?」
嘘だろ。
そんな出鱈目なことが……
彼女の周りに無数の青い光が現れる。
もう避けることも防ぐこともできない。
「貴方の魔力の蓋が外れたら、私と一緒に任務をやりましょう?きっと素晴らしいものになりますよ」
その言葉を僕が理解する前に、僕に洗礼が与えられた。
今度はそれほどの痛みは感じなかった。
痛みを感じる前に僕の意識は遠く離れてしまったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます