ムザンナケッカ
殿邑誠
さくらの木
桜は一本くらいがちょうど良い。
僕は肩に桜の花を乗せながらそんなことを考えていた。
4月21日、月曜日。
死にものぐるいで勉強し合格を勝ち取った高校の通学路。
「高校、行きたくないなぁ」
散り始めた桜が僕の肩に重くのしかかる。
桜の花弁一枚一枚が僕のやる気を吸収しその分重さが増しているように感じた。
合格した時はあれほど嬉しかったというのに入学してみればこの有り様である。
超高速で動けばこのエネルギー吸収桜から身を守ることができるのだろうか。
それとも傘でもさしてみるか。
おそらくどちらも効果はない。
僕はそもそも疲れていないし桜の花弁がエネルギー吸収を行っているなんてのは妄想でしかない。
そこはかとなく高校行きたくない。
桜の枝の間から差し込む太陽光が眩しい。
僕に必要なのは傘は傘でも日傘かもしれない。
桜の花弁から身を守る前に実害のある太陽光から身を守るべきなのだ。
そもそも太陽光すら防ぐこともできない桜なんて撤去してしまうべきなのだ。
誰だ桜を何十本も植えたのは。
責任者に問いただす必要がある。
責任者はどこか。
そんなことを考えていたらとうとう高校に着いてしまった。
今の僕は見る人が見ればムンクの「叫び」のようになっていたかもしれない。
いや、芸術的価値が高くファンタスティックという意味ではなく叫んでいる部分だ。
実際に叫んでいるわけではなく心情的な意味だ。
僕の心の内を明かすことができるような人がいればそう思っていただろう。
ムンクの「叫び」。
そもそもあれ自体が人が抱える不安を可視化したものらしい。
そうなると僕のこころを覗いたら少し違う情景になっていたかもしれない。
実態がないこれを描いたらまた違うものになるのかもしれない。
まぁ僕自身絵の知識がゼロに等しいので分からないが。
僕は自分の靴入れの前に立つ。
ここまできたらもう戻れない。
登校は完了した。
吐いた唾は飲めぬ。
吐いた唾なんて飲みたくはないが。
自分の靴を靴入れにしまい上履きを取り出し履く。
家でローファーを履いた時も一気に憂鬱になったが今回のこれは比にならない。
なんということだ、桜の花弁の次はこの上履きか。
僕の周りに存在する全てのものは僕からエネルギーを吸い取り形を保っているとでもいうのか?
もし本当にそうならば早急に全てを投げ出すべきだ。
このままでは僕が形を保てなくなる。
さっさと逃げ出そう。
吐いた唾は飲めない。
しかし吐いた唾から全速力で逃げることならできる。
今すぐローファーに履き替えて逃げ出そう!
登校は完了していない!
「おはよう」
唐突に僕の思考の中に他人の声が介入した。
声の方を見るとそこには一人の男がいた。
おそらくクラスメイトだろう。
クラスメイト。
なぜだろうか。
僕の脳内にはこの人が僕のクラスメイトであるということしか浮かばない。
簡単に言えば名前がわからない。
教室で何回か見たことある気がするし先生にあてられて問題に回答していた気がしないでもない。
「おはよう」
と僕は返す。
まずい。
クラスメイトがいるんじゃ帰れない。
しょうがない。
一度クラスに行ってからすぐ早退しよう。
僕は昇降口の扉に背を向けて歩き出す。
僕の所属する一年五組は二階だ。
階段を登る必要がある。
保健室も二階。
どう足掻いても階段を登る必要がある。
僕はそんなことを考えながら一段一段階段を登る。
一段上がるにつれて背負っているリュックが重くなる。
僕が背負っているのはリュックではなく十字架かもしれない。
そうか、これがゴルゴダか。
僕は教室で磔刑を受けるのか。
そんなことを考えながら僕は自分の教室の前に立つ。
中からはクラスメイトたちの笑い声が聞こえる。
この扉を開けたら僕は戻ることが難しくなるだろう。
しかし、ここまできたら、やはり開けるべきか。
とりあえず、教室に入って荷物を置くだけ。
やってみよう。
僕は扉を開け一歩踏み出す。
一歩踏み出した。
確かな一歩だった。
しかし踏み出した先は不確かだった。
クラス自体にはほとんどの異変はなかった。
机も椅子も規則正しく置かれている。
しかしその空間には人が少なすぎた。
今一瞬クラスを眺めただけの僕でもその人数ははっきりとわかる。
このクラスには僕を除いて人はいなかった。
いや、いた。
教室の中央に一人だけ。
二つの足で直立する女性がいた。
美しかった。
僕は一瞬だけ、本当に一瞬だけだが、その人を人だとは認識できなかった。
人なんかじゃない。
僕と同じ種族なわけがない。
美しさ。
そういう概念だと、僕は思った。
概念的な美しさ。
この世には美しいものが数え切れないほどあるのだろう。
葉につく水滴などの身近な美しさから広大な自然などの美しさ。
それら全ての美しさを併せ持つものだと。
そう感じたのだ。
しかしそれはおそらく人だと思う。
黒いロングスカートに前を閉めた黒いコート、黒い髪、そしてそれらの黒との対比のように美しい白い顔。
美しい白い瞳。
人らしさというものを彼女はまだ残していた。
人なんだ。
「あら」
彼女は僕を今見つけたかのような反応をした。
「まだいたの」
そこから信じられないことが起こった。
なにもない空間から唐突に一メートル五十センチほどの幾らかの装飾を受けた棒を取り出した。
そう、それはまるで杖のようなものだった。
ファンタジーものでみる杖のようなもの。
そしてその杖の先端が僕に向けられた。
「
杖の先端が神々しく光だす。
あ、まずい。
僕は体重を後ろに向ける。
しかし遅かった。
杖の先端に集中した光は僕に近づいてきた。
だんだんと大きくなっているように見える。
違う、これは光が近づいてきているのだ。
ビームのように光が僕に放たれたのだ。
そんなことを考えていると右側から急に突き飛ばされた。
僕は右側を見る。
そこには先ほど靴箱で挨拶をしてくれたクラスメイトの姿があった。
杖の先端から放たれた光線は僕とクラスメイトの間、先ほど僕がいた場所を通過し廊下の壁にぶつかり激しい光を放ち消滅した。
クラスメイトは突き飛ばされ倒れてしまった僕に覆い被さる。
「なに攻撃してんだ!こいつが回収対象だぞ!」
クラスメイトは杖を持った女性に右腕を向け怒鳴りつける。
「うぅーん」
杖を持った彼女は僕の顔をまじまじと見つめる。
「あぁ、本当だ」
何かに気づいたようだ。
一体どういう状態なんだ。
「どうするの?」
「一度眠らせる」
「え?」
クラスメイトは僕に右掌をかざす。
「ごめんね、
僕は唐突で強烈な眠気に襲われ寝てしまう。
あぁ、申し遅れた。
僕の名前は
以後よろしく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます