第18話 王として※アルディアン視点
戴冠式から一週間後、私は執務室で政務に取り組んでいた。新王として仕事は想像以上に山積みで、一つ一つを丁寧に処理していく必要がある。
「陛下、税制改革案の件でございますが——」
重臣が書類を片手に報告している最中だった。朝から続く会議で、既に昼を過ぎていたが、まだ処理すべき案件は山のように残っている。
そんな時、側近が慌てた様子で執務室に駆け込んできた。彼の顔が青ざめているのを見て、ただならぬ事態であることが瞬時に理解できた。
「陛下! お急ぎください! 前王の容体が急変いたしました!」
その報告に、私は即座に政務を中断した。書類を机に置き、立ち上がる。
「分かった、すぐに向かう」
重臣たちに目配せをすると、彼らは黙って頷き、会議は中断となった。急ぎ足で向かう。
廊下を駆け抜ける足音が、異様に大きく響いて聞こえる。メイドたちが廊下の端に身を寄せ、心配そうな表情で私を見つめているのが目に入った。
扉を開けると、既に侍医たちが控えていた。侍医長の、その重い表情が今の状況を物語っている。
「陛下……」
侍医長が振り返り、静かに首を振った。もう、手の施しようがないということだ。その瞬間、世界が静止したかのような感覚に襲われる。
ベッドに横たわる父上は、もはや意識も朦朧としている。顔色は青白く、息遣いも弱々しい。
「父上」
「……」
声をかけても、もう反応は返ってこない。ただ、弱々しい息遣いだけが部屋に響いていた。
「私です。アルディアンです。王として、しっかりとやっています。ご安心を」
私は父上の手を握りしめながら、静かに語りかけた。これまでの思い出が次々と頭の中を駆け巡る。
やがて、その息遣いも止まった。
部屋が静寂に包まれる。父上は静かに、安らかに息を引き取った。まるで眠りにつくように、苦痛の表情もなく。
深い悲しみが胸を締め付ける。父上はもういない。これからは本当に、一人で王国を背負わなければならないのだ。
だが、同時に安堵も感じていた。最期に王位継承を完了することで、前王の抱く将来の不安を少しは取り除いてから見送ることが出来たと思う。間に合って良かった――そんな想いがあった。
「侍医長」
「はい、陛下」
「父上の最期は……苦しまれたか?」
侍医長は静かに首を振った。
「いえ。とても安らかでございました。きっと、陛下のお声が聞こえていたことでしょう」
その言葉に、少しだけ救われる思いがした。
まだまだ問題は山積みだけれど、父上への感謝と、王国を背負う覚悟は既に完了している。動揺することなく、この現実を受け入れよう。
父上、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。
父上の葬儀が終わったその夜、ミュリーナと共に部屋に戻った。
国中から弔問に訪れた貴族たち、近隣諸国からの使節、そして多くの民衆。父上がいかに多くの人々に愛されていたかを、改めて実感させられる一日だった。
執事やメイドたちには既に下がってもらい、部屋には静寂だけが漂っている。一日中続いた儀式と、弔問に訪れた多くの人々への対応で、心身ともに疲れ切っていた。
「ふぅ」
扉を閉めると、ようやく二人だけの時間が訪れた。王としての仮面を脱ぎ、心からくつろげる瞬間だった。
「お疲れ様でした、アルディアン様」
ミュリーナが労いの言葉をかけてくれる。気品ある佇まいの中に私を気遣う優しさが滲んでいた。黒いドレスに身を包んだ彼女は、悲しみの中にあってもなお美しく、気高かった。
「ありがとう、君が居てくれて助かった」
私は素直にそう告げた。王としての仮面を脱ぎ、ありのままの自分でいられる。それができるのは、この世でミュリーナの前だけだろう。
私は彼女の手を取り、暖炉の前のソファへと誘った。彼女の手は温かく、その温もりだけで心が和らいでいくのを感じる。
ソファに並んで座ると、ミュリーナは何も言わずに私の肩にそっと寄り添ってくれた。彼女の金髪が暖炉の火に照らされて、柔らかく輝いている。
しばらく、沈黙の時間が続いた。そして、彼女が口を開く。
「お辛い一日でしたね」
彼女の声は、どんな慰めの言葉よりも私の心に響いた。そうか、私は辛かったのだな。
私は、自分で思っていた以上に心が疲労していることを今になって実感した。王としての役割を果たすことに必死で、自分自身の感情を抑えすぎていたのかもしれない。
私は彼女を優しく抱き寄せた。彼女の温もり、その柔らかな体温が、疲労している心を癒やしてくれる。
「ミュリーナ。君がいてくれたから、父の死を乗り越えられる。これからも頑張っていけるよ」
「そんなことはございません。でも、もしそうお感じになるのでしたら、これからもずっと、あなた様のお側におります」
私たちはただ、静かに寄り添っていた。言葉は必要なかった。彼女の存在そのものが、私にとって何よりの癒やしだったから。
この静かな時間が、永遠に続けばいいのに——そんな想いを抱きながら、私は心からの安らぎを感じていた。
ただ、いつまでもこうしてはいられない。次の問題に取り掛からないといけない。気が重いけれど、やらなければいけないことがある。
父上の葬儀を無事に終えてから、王としての職務に本格的に取り組み始めて二週間が過ぎた頃、側近から重要な報告を受けた。
「陛下、ケアリオット様の件で重要な報告がございます」
執務室で書類に目を通していた時のことだった。側近の表情は普段以上に深刻で、ただならぬ事態であることが察せられた。
「聞こう」
私は書類から目を離し、彼の方を向いた。側近は資料を手に、慎重な口調で報告を始めた。
「ケアリオット様は、陛下に反対する貴族たちや一部組織と接触を図っております」
父上の葬儀にも参加せず、兄は反対勢力との接触を進めていたということか。
「不満を抱く一部貴族との密会、王制に批判的な商業組合の一部との接触が確認されております。そして最近では、陛下の政策に公然と反対を示す集会まで開催しているとのことです」
「そうか」
私は冷静にその情報を分析した。ケアリオットは確かに危険な行動に出ているが、見方を変えれば、彼は反対勢力をまとめて集めてくれている。これは、反逆の証拠を揃えて一網打尽にできるチャンスでもあると考えていた。
「引き続き監視を続けよ。だが、まだ動くな」
「承知いたしました」
側近が去った後、私は考えを巡らせる。彼は、どこまで行くつもりなのか。
もしも兄が途中で思いとどまるのであれば、処罰は考えない。最後まで兄には、機会を与えたい。しかし、一線を越えたなら、王として断固たる処置を取る——それが私の結論だった。
王国の安定と兄に対する最後の情け。
その天秤の上で、私はもうしばらく静かに見守ることにした。だが、決断する時が来たら、私は迷わない。それが王としての責任だから。
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