引きこもり魔女の日常
くらげ
第1話 ソフィア・メイデン
「いらっしゃい、今日も新鮮な果物が揃ってるよ!」
「おばあちゃん、早くー!」
「おっ、新しいパンだな。新商品か?良し、1つくれ!」
「ミミちゃん、その髪留め可愛いねぇ」
「ママが作ってくれたのー!」
人々が賑わう声と、笑顔が絶えない都市。人口約190万の小さな首都ではあるものの、皆が協力し合って生活している。ここはステラ。通称“星の首都”である。
―――そんな“星の首都”から遠く離れた、とある森の奥。
木々の葉の隙間から日の光が漏れる朝。その光が差す先にあるのは、一軒のログハウスである。種類豊富な植物に囲まれ、小さな畑には野菜や果物が実り、少し離れたところには小さな温室まで作られている。玄関の扉には《メイデン》と彫られた木製プレートが掛けられ、傍のベンチには空の瓶と、果物の入った籠が放置されている。
そんなログハウスの2階。見渡す限りの緑の中で響く、鳥たちの囀りを見覚ましに、少女はある部屋のベッドの上で目覚めた。窓からは、木々に沢山実った赤い果実が見える。
「………んぅ…」
少女はゆっくりと体を起こし、そして部屋全体を見渡す。机上には図形や文字が書かれた紙の束が山積みに、そしてサイドテーブルには本に紛れて1枚の紙切れが置いてある。きっと“先生”が置いたのだろう。少女は確信し、紙切れを手に取った。
「…どれどれ…」
少女はまじまじと紙を見つめる。紙には〈黒猫が来る〉という一言だけが綴られていた。首を傾げ少し考えた後、少女は納得したように勢い良くベッドから飛び降り、クローゼットから琥珀色のワンピースを選び出した。
― ― ― ― ―
「おはようございます!」
少女は温室の扉を静かに開き、大きな声で挨拶した。しかし返事がない。まぁいつものことだ。“先生”は研究熱心であり、常日頃から声を掛けても返事が返ってこないことの方が多い。寧ろ1回で返事が返って来た翌日には、大粒の雹か槍が降ると決まっているのである。
仕方が無いと、少女はもう一度挨拶しようとした。そのとき。
「…聞こえていますよ」
「先生!」
“先生”は、温室の最奥から現れた。黒い服に身を包み、艶やかな青髪が、扉から入って来た風に靡く。丸眼鏡の奥で輝く翡翠の瞳が、じっと少女を見つめる。そしてすぐに目を離し、少女のすぐ傍に咲く花を見た。
「お前も、もう寿命が近いですね」
先日まで綺麗な紫の花弁を持っていたその花は、葉ももう枯れて変色してしまっている。“先生”は花の傍に寄り、そして包み込むように手を翳した。
「…《
唱えると、枯れて変色していた筈の葉が、瞬く間に元通りになっていく。完全に元に戻ったことを確認すると、また少女の方へと向き直った。
「おはようございます、先生!」
「…“先生”はやめなさいと、いつも言っているでしょう」
そんな大層なものではありませんよ、と、溜息交じりに告げる。そして、木製の机上から書類の束を手に取り、少女に温室から出るように促した。
「でも、私にとっては先生ですから!」
「やれやれ、それは言い訳になりませんよ」
そう言って、持っていた書類の束は少女に託された。
「これって… 先生が最近育てている植物の成分図、ですか?」
少女は書類をパラパラと捲る。書類には、何やら難しそうな図形や文字列が複数記載されていて、目を通すだけで頭痛がしてきそうだ。
「午後からそれの成分研究に移ります。内容を頭に叩き込んでおきなさい」
「分かりました!」
勢い良く返事をしたところで、少女の腹の虫が鳴く。
「アッ…」
「おやおや…」
少女は真っ赤になりながら「すみません…」と申し訳なさそうに告げる。
「…今日は小玉のカボチャとレモンが収穫できます」
しかし“先生”はそれを咎めることなく、黙々と畑の野菜や果物を収穫し始めた。
「今日はカボチャスープと、レモンのチーズトーストにしましょう」
見る見るうちに少女の顔がぱぁっと明るくなっていく。
「…さて、朝食の準備をしますよ。手伝ってください、リッカ」
“先生”はレシピに合った量の野菜や果物のみを収穫して籠に入れ、ログハウスへと歩を進めて行く。少女は笑顔で、その大きな背を追った。
「はい、メイデン先生!」
そして今日も、日常が始まる。
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