第51話 マザー掃討戦・承
要塞砲とは港湾施設やコロニーなどの重要施設を守るために設置される、固定砲の総称だ。実際には口径や用途に応じて様々な砲が存在する。
ケレスも重要施設を防衛するために、多数の要塞砲を運用している。しかし、固定砲台の弱点は明白だ。それは、場所があらかじめ知られてしまうこと。高性能な光学センサーがあれば、砲台の位置はすぐに分析されてしまう。
国軍であれば、取った取られたは兵家の常だろう。場合によっては破壊され、あるいは施設そのものを放棄することもありうる。それよりも、艦隊運用こそが重視されるのだ。
しかし、ケレスは他国とちがい、絶対にこの都市を失う訳にはいかない。ここが政治も経済も、勢力の拠点としても、唯一の都市なのだ。そのため、コロニーの防衛には細心の注意が払われている。そのひとつが、要塞砲の機動運用という考え方だ。
要塞砲が設置される場所は大きく二つに分けられる。ひとつは台場と呼ばれる、砲台用に建設された人工施設。もうひとつは、極小型の小惑星を近くに運び、基地化した要塞。
幸運にもケレス近辺には大量の小惑星があった。それらを周囲に配置し、要塞化している。ただし、固定砲台の場所が事前にばれていれば、先制の砲撃で甚大な被害を受ける。そのため、実際に運用する砲台よりも遥かに多い小惑星をダミーとして配置し、その中に砲を運用するための基地設備だけを整える。
砲自体は定期的に設置場所を変え、今現在、どこにあるのか分からなくする。こうして事前砲撃による無力化を防いでいた。
「ハル。あの要塞砲、付け焼き刃じゃなくて本当に助かったね」
参加する武装船は五〇三隻。動員される要塞砲は二〇門。民間で運用される砲の中では最大クラスの口径を誇る、一二五センチ対艦重レーザー砲だ。ムラサメの主砲、一七五センチと比べると若干見劣りするが、それでも射程は同じ二〇EU。小型艦中心のネメシス相手なら、十分に役割を果たせる性能を持っている。
当初、コンテナに要塞砲を収めて移動させると聞いたときは、正直不安だった。しかし、目の前で普段から運用されている実物を見てみると、それは想像以上に洗練され、完成度の高い仕組みだと感じさせられた。
「けどさ、宇宙海賊のデータリンクに同期できないって、大丈夫なの?」
艦隊運用を目的に作られたデータリンクシステム、FTLS。PMC向けの民生版も存在するが、ここに展開しているのはマフィアの大艦隊、世間でいうところの宇宙海賊だ。
当然、彼らがジュピター協商連合の宇宙軍が開発したFTLSをそのまま使えるはずもなく、彼らは彼らで独自の戦術データリンクを構築していた。ムラサメも助っ人傭兵用に簡易版をインストールして運用しているものの、軍のFTLSと比べると性能は大きく劣る。
「大丈夫です。マフィアのデータとムラサメの索敵機器、さらに借りっぱなしのOSEも使って、”わたくし”が処理してみせます。キャプテンはただ、主砲のトリガーを引くだけで結構です」
とりあえず、戦況のモニターと標的情報、脅威に対する情報の共有さえできれば、あとはどうにでもなる。今回割り当てられた役割は、ほとんど固定砲台みたいなものなのだから。
「まあ、確かにハルがやるんならどうにかなるか。あんた、何でもできそうだもんね」
「サーシャはその身体を使い、私はこの高度な演算能力を使う。共にキャプテンを支えているのです」
直後、バン! とコンソールを叩く音がブリッジに響く。
「ちょっと、それどういう意味よ。あたしはレイの下の世話だけ……」
「はいはいはい、そこまで。お前らほんっと、仲が良いんだか悪いんだかわからんな」
立ち上がり、サーシャに両手を向けて言葉を遮る。これ以上のエスカレートは阻止しなければならない。
「サーシャ。誤解のないように言っておきますが、キャプテンの心のケアも含めて、すべての面であなたのバックアップは非常に重要なのです。決して、性行為のことだけを言ったわけではありません」
ハルの優しく、穏やかな声が天井から降ってくる。
「はいはい、ごめんなさい。あたしすぐカッとなるから」
そんな会話をしている間にも、MOMとしてマークされているマザーの周辺に、大量のネメシス艦艇が姿を現し始めた。同時に、前方を守る船、そして左右から挟み込むように展開する味方の船が動き出す。
「ムラサメ。こちらリーダーのアンドロメダ。掃討作戦を開始する。作戦変更なし。三〇秒後より砲撃を開始せよ」
チャットシステムの音声と同時に、作戦モニターの右上にカウントダウンが表示される。
「了解、三〇秒後にマザーへの砲撃を開始する。ムラサメ、アウト」
ここは敵の射程圏外だ。こちらの大口径砲は敵の約二倍の射程を持つ。いまのところ、軍の戦艦や大口径要塞砲クラスの武装を備えたネメシスの姿は確認されていない。
アウトレンジからマザーを砲撃すれば、敵は射線を塞ぐために自らの機体を盾にしながら、脅威を排除するために殺到してくる。それを、他の味方船が上下左右から挟撃する――簡単な仕事だ。
「よし、ハル。砲撃開始だ。まずはマザーに向け、その後は脅威度に応じて臨機応変に撃て」
「はい、キャプテン」
四本の図太いレーザー光が、漆黒の宇宙に吸い込まれるように前方へ伸びた。同時に、やや後方の要塞砲からも砲撃が始まる。
ムラサメの主砲――その速射能力は六秒に一発、分間十発。対して要塞砲は分間三発程度。大口径でありながらも、ムラサメの砲が三倍以上の速射能力を持つのは、やはりエンジンが生み出す膨大なエネルギーと、それを効率よく砲に供給するエネルギーモジュールの性能差だろう。
「ねえ、レイ。なんかさ、このまま終わっちゃうんじゃない?」
「確認できた敵の総数は三二四隻。既に半数近くを撃破。味方の損害は……今のところ皆無です」
敵よりも強力な武器を揃え、一・五倍以上の兵力を用意し、習性を理解した上で陣形を組んだ。万全を期した攻撃だ、さすがのネメシスも付け入る隙を見いだせずにいる。
「でもさ、こう……もっと派手な戦闘とか、見せ場みたいなのがあってもいいんじゃない?」
サーシャは背もたれに身を預け、退屈そうに大きく身体をそらす。胸のふくらみを強調するように頭の後ろで腕を組み、視線は天井を漂う。
「なんでだよ。みんな無事で、楽に片付くならそれが一番だろう」
「はい。キャプテンの意見に賛同します、サーシャ」
サーシャはふっと身体を戻し、アームレストに手を置くと、キャプテンシートに視線を向ける。
「だってさ、この船、どう考えても主人公属性じゃない。だからこう、なんていうか……ドラマ性が必要っていうか」
『ドラマ性など、不要だ(です)』
ハルの声と俺の声が、見事にハーモニーを奏でた。
そこへ突如、アラートの文字がパネルに浮かび上がり、警報音がブリッジに響き渡った。何事かと目を向けると、マザーから数百発のミサイルが放たれている。
「ロックオンはありません。面で制圧する弾道ミサイル……あの形状のミサイルは百年戦争時代のもの。反物質弾頭を搭載できるタイプです」
「嘘だろ! なんでそんなものが?」
反物質弾頭弾――太陽系平和憲章で製造・保有が禁止されている、大量破壊兵器だ。反物質の対消滅反応を利用し、膨大なエネルギーを爆発に変換する。大型の弾頭であれば、一発で地球はもちろん、木星すら跡形もなく消し飛ばす。
このミサイルの実用化と製造開始が百年戦争を終結させる最大の要因となった、究極の惑星破壊ミサイルだ。
「まさか全部か?」
「いえ、その可能性は低いと思われます。おそらくほとんどがダミーです。ただし、一発でも至近で起爆すれば、我々は消し飛ぶでしょう」
今はもう、この世界に存在しないはずの反物質弾頭。今回使用されたものは百年戦争時代の残骸から回収したものを、ネメシスが整備して再利用したものと推測される。
反物質弾頭の厄介な点は、核弾頭のように起爆装置を破壊しただけでは無力化できないことだ。つまり、迎撃して破壊しても、対消滅反応が起きて起爆する……
ただ、迎撃による外殻の損傷で多くの反物質が失われ、爆発の威力は格段に小さくなる。そのうえ宇宙空間では衝撃を伝える物質が希薄なため、威力を大きく減じつつ被害範囲を極少化できるはずだ。とはいえ元の威力が桁外れに大きいだけに、楽観は危険だ。できるだけ遠くでインターセプトしなければならない。
「距離八EUまでに撃墜できなければ、全速で離脱することを推奨します」
「CIWSには頼れない、ということか」
「はい。弾頭の重量によりますが……」
ふとサーシャに視線を向けると、左手のネイルを丁寧にやすりがけしている最中だった。
「サーシャ。やっぱ、余計な事は言うもんじゃないね」
爪にふーふーと息を吹きかけながら顔を上げるサーシャ。
「ん? そうね」
そう言うと、頭を下げて左足の靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、足を抱えるようにして足爪の手入れを始めた。
大きなため息を一つ……
「ハル、味方の迎撃状況はどう?」
「順調に数を減らしているようですが……」
見ると、遠くに花火のようにに瞬く光球を外部カメラが捉えていた。
「念のため、ミサイル撃っとこっか」
「はい……」
シーカーミサイルは一発が非常に高価なのだが……この際、背に腹は代えられない。
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