第11話 悪い女

「キャプテン、彼女は明らかに貴方を誘惑しています」


 ブリッジのスピーカーから聞こえてきたのは、艦の運用を支援するAIハルの、いつもの落ち着いた声だった。


 ……やれやれ。


 さっきまでのことを思い返す。

 

 漂流していた作業ポッドを回収し、搭乗者だったサーシャという女性を救助。メディカルチェックを受けさせて、入浴させて、ようやく落ち着いたところでテーブルを挟み、今後のことを話していた。

 

 亡くした家族、沈んだサルベージ船、背負った会社と社員のこと……。


 涙を流し、悲しみにくれる彼女を見ていたら、こっちが泣きたくなった。


 で、気がつけば、ちょっとだけいい雰囲気になっていて。そのまま、そっと顔を近づけた瞬間に、ブリッジへと呼び戻されたのだ。


「まさか、あれが演技だとでも?」


 思わず声が出た。


 少しイラつきながら、キャプテンシートに腰を下ろす。


「いえ、すべてが演技とは言いません。ただし、何かしらの打算がある可能性は高いかと」


 ハルの落ち着いた声が、容赦なく現実を突きつけてくる。


 まあ、そうだよな。会社で唯一の船を失って、廃業寸前のサルベージ屋。そんな絶望の渦中にいる彼女の前に、船を持った男――つまり俺が現れたわけだ。


 企業などの組織が所有する船ではなく、フリーの傭兵。強力な武装を持ち、積載量も十分。しかも無人の作業ポッド付き。


 これ以上ない理想的なサルベージ船だ。


「なるほどな。ハルの言うとおりかもしれん。じゃなきゃ……俺みたいな世間知らずに、あんな美人が気のある態度を見せるわけがないか」


 必死だからこそ藁にも縋る。そう言う面はあるかもしれない。冷静に考えれば納得できる話だ。


 あれだけの美人だし、今まで多くの男に言い寄られてきたのだろう。それだけに女の武器の使い方も、その効果も知っているはずだ。

 

「いえ、キャプテン。そこは全力で否定いたします」


「……ん?」


「正直申し上げて、キャプテンの容姿は平均を大きく上回っています。さらに、このムラサメです。誰が見ても、ただの船ではありません。その価値は、計り知れないでしょう。容姿と資産、その両方を備えた男性を、世の女性が放っておくはずがありません」


「そうなのか?」


 少し驚いて呟く俺に、ハルは言葉を重ねる。


「だから、今ここで確認しているのです。本当に、彼女でよろしいのですか?」


「ちょっと待て、何も結婚すると言ってるわけじゃないんだぞ。そもそも、ここで肉体関係を持ったからって、彼女に協力するとは限らないだろ?」


「いえ、それも否定いたします」


 間髪入れずに即答するハルの声。


「キャプテンは底抜けにお人好しで、情に流されやすい……そう、典型的な“甘ちゃん”です。もし関係を持ち、さらに枕元で甘く囁かれでもしたら……間違いなく、彼女の願いを断ることはできません。これは推測ではなく、断定です」


「うっ……」


 想像してしまった。あの顔で、あの声で、あの体を使って頼まれたら、どう考えても断れない。


「やっぱり。図星ですね。どうしますか?  相手の思惑を知ったうえで、彼女に力を貸しますか?」


 俺は思わず眉を下げ、肩をすくめて両手を上げた。まいったのポーズだ。


「その通りだ、ハル……。だが、ここまで関わってしまった彼女を見捨てるなんて、俺にはできない」


 天井を見上げる。

 

 ハルには実体がない。それでも、つい声の方向を意識してしまう。


「ならば、何も申し上げることはありません。存分に、お楽しみください」


「楽しむっておい。やめろ、そういう下品な言い方は……」


「違うのですか?」


「いや……違わないけどほら、ソレだけが目的ってわけじゃないんだから」


「分かっています。少し意地の悪い言い方をしましたね。ならば、助けるにしても派手にやりましょう。彼女の想定を超えて、この艦の名とキャプテンの名が太陽系の隅々まで轟くほどに」


「ああ、いいなそれ。やってやろうじゃないか。なあ、ハル!」


 俺は勢いよくキャプテンシートから立ち上がり、拳を突き上げた。


「いえ、“ヤル”のはサーシャと、ですよね?」


 思いきりズッコケ、肩を落としながら天井を見る。


「おまえなぁ……!」


「ふふふ、キャプテンは“いじりがい”があって、本当に飽きませんね」


 ほんとにこいつ、AIかよ。


 ただ、ハルとの会話を終えたことで、自分の中でひとつ、はっきりとわかったことがある。


 俺は、サーシャに一目惚れしている。ここで手放したくない。既に、執着にも似た感情が芽生えていた。そして、曖昧なまま彼女の思惑に流されそうになっていた自身の中に、自覚と覚悟が生まれた。


 本当に、ハルには感謝しかない。

 

 艦の運営だけじゃない。艦長の人間としての未熟さまで見透かし、最善手を打ってくれる。優秀すぎるパートナーだ。


 その上で今、もう一度、サーシャの元へ向かう。覚悟を決めた、迷いはない。


「ごめん、待たせた」


 部屋に戻ると、サーシャは展望デッキになっている食堂の一番端……窓際の宇宙が美しく見える席に移動し、静かに星々を見つめていた。


「……なんだ、何も飲んでいなかったのか」


 カウンターのドリンクサーバーに向かい、アイスコーヒーのボタンを押す。


「冷たいのでいいか?」


 彼女は不安そうな瞳で、こくんと小さく頷いた。


「ハルに呼び出されてね。君が打算をもって俺を誘惑しているって忠告されたよ」


「……えっ」


 静かに彼女の前へ低重力用の蓋付きカップを置き、自分のコーヒーを一口啜ってから、向かいの席に腰を下ろす。


「恐らく君は……俺ではなく、この船とパイロットが欲しいんだと思う」


 目を見開いて顔を上げたサーシャは、テーブルに手を付き腰を浮かせる。


「ちがう! そんなんじゃ……」


 彼女は否定しようとして、途中で辞めた。そのまま下を向いて、ゆっくりと椅子に座り直す。


 そして真っすぐ、冷めた視線が突き刺さる。


「そうよ。悪い?」


 さっきまでとはまるで違う態度。なるほど、これが彼女の本性か。


「最初に会った時からわかってた。貴方が、私の体に目を奪われてたこと。だから、利用したの。浴室で下着をつけなかったのも……全部わざとよ」


 カップを持ち上げ、冷たいコーヒーを一口含んでから、言葉を続ける。


「でも、それが何? 私にはもう、何も残ってないの。この先、生きていく術も、借金を返す当てもない。このままだと、この体を売ってでも返済する以外に思いつかないもの」


 サーシャは背もたれに身を預け、足を組み、やや挑戦的な視線を向けてきた。


「なら、それなら、あんたの相手をしてどうにかできるのなら……喜んで情婦にでもなんでもなってやるわ!」


 そして、こぼれるように涙が流れた。怒りと悲しみがないまぜになったその表情は、あまりにも切実で。


「何もかも失って、未来への希望すらなくなった私が――偶然目の前に現れた、たったひとつのチャンスを掴みたいと思って何がいけないのよ!」


 あふれ出る涙、彼女はそれを拭おうともせずに睨みつけてくる。


「哀れむような目で私を見ないでッ!」


 ――パシャンッ!


 右手に握っていたコーヒーカップが宙を舞い、見事なコントロールで顔面に命中した。蓋が外れ、冷たい液体が空中に広がる。滴が顎をゆっくりと伝い、シャツの襟を濡らす。


「サーシャ、早とちりするな。落ち着いてくれ、何も手を貸さないなんて言ってないじゃないか」


 まずは落ち着かせようと、手を前にかざした。


「なによいまさら! さっきまではあんたに気に入られようと猫をかぶってただけ。こんな女だと思わなかったでしょ! 幻滅した?」


 彼女は肩を震わせながら、赤く染まった瞳で睨みつけてくる。


 「いや……本性を見ることが出来て良かったよ。そして、ますます好きになった」


 サーシャの眉がぴくりと動く。怒りに燃えていた表情が、呆れと困惑に塗り替わっていく。


「はぁ? レイ、貴方、自分が何を言ってるか分かってるの?」


 よし、ひとまず落ち着かせるとが出来た。


 ここからのやり取りは気を付けないと……

 

「一目ぼれだったんだ。君があまりに美しくて……あのポッドで、君がヘルメットを外して髪を解いた瞬間。俺は君の虜になった」


「はっ、バカじゃないの。少女漫画じゃあるまいし」


 言葉はきついが、サーシャの目元がほんの少しだけ緩んだ気がした。


 そのまま立ち上がり、彼女の隣へと移動する。そして身を引こうとする彼女の肩をそのまま、強く抱き寄せた。


「今は、この船も俺自身も利用してくれていい。君の会社の再建も、出来る限り協力する。……傍にいてくれるなら、心まで求めたりはしない」


 そう言ってぐっと腕に力を籠め、彼女の耳元へ顔を寄せる。


「けれども、この先はどうなるか分からないじゃないか。だから、付き合ってくれないか、俺と」


「なっ……!」


 サーシャは声にならない声をあげ、両腕で押すようにして体を離した。そのままの姿勢で、目を丸くしてこちらを見ている。


 そんなサーシャと視線を合わせ、真剣な表情で言葉を続ける。


「だめかな?」


  サーシャはしばし呆けたように固まっていたが、やがて目を逸らし、両手の指をもじもじと絡めはじめた。


「いや、ダメ……じゃないけど。もし、私がそうならなかったらどうするの?」


「それでもいい、その時はハッキリ言ってくれ。ただそれでも……この体だけは頂くけどな。協力の“対価”として」


 サーシャの顔が見る見るうちに朱に染まり、目をそらしたまま悔しそうに唇を噛んだ。


「……いいわ。会社の再建、手伝ってくれるんでしょ? ならこれからは“ビジネスパートナー”よ。対価は……そうね、今の私にはそれしかないから」


 涙の跡が残る頬、泣きはらしてはれぼったい瞼、そして照れて耳まで赤くしたサーシャ。


 俺はそっと肩に両手をかけ、正面からその顔を見つめた。近づく俺の顔に、サーシャは目を閉じて静かに受け入れる。


 唇が、重なった。


 やがて俺は立ち上がり、彼女の手を引いて彼女の自室――プライベートルームへと案内する。


 この空間だけは、ハルにすら覗くことができないプライベートスペース。これからしばらくのあいだ、部屋の扉が開くことはなかった。






――――――――――――――――――


【★あとがき★】


ヒロインの登場で、いよいよ物語が動き始めます。


ここまで読んで「面白そう!」「期待できる!」そう思っていただけましたら


ひとつでも構いません、評価をいただけたら嬉しいです。


皆さまからの応援が、なによりものモチベーションとなります


なにとぞ、よろしくお願いいたします


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